歌人・伊藤一彦先生がピックアップした短歌を解説する「毎日が発見」の人気連載。今回紹介するのは、新元号「令和」の出典となった「万葉集」から、2首をご紹介します。
新しい元号の「令和(れいわ)」に皆さん、もうなじんだでしょうか。令和の出典は『万葉集』巻五の「梅花の歌三十二首」の漢文の序文です。
「初春の令月(れいげつ)にして、気淑(よ)く風和(やはら)ぎ」から「令和」の語が考案されました。中西進氏(今回の元号の考案者とメディアで言われている方ですが)の訳を紹介します。「新春の好(よ)き月、空気は美しく風はやわらかに」(中西進校注『万葉集』講談社文庫)。
このようなめでたい漢文のあとに「梅花の歌」三十二首が披露されるのですが、その宴を主催したのは大宰府の長官だった大伴旅人(おおとものたびと)で、漢文の序文の作者も旅人という説が有力です。
わが園に梅の花散る
ひさかたの天(あめ)より雪の
流れ来るかも
その旅人の歌です。「梅花の歌」の八首目に出てきます。中西氏の訳は「わが庭に梅の花が散る。天涯の果てから雪が流れ来るよ」。散っていく梅の花びらを、天の涯(はて)から訪れた雪と見立てた美しい歌です。「ひさかたの」は「天」にかかる枕詞で、「天涯」という意味がよく伝わってきます。声に出して読んでみるとよくわかりますが、調べも実にうるわしく、三十二首中で最高の歌かもしれません。さすがです。旅人の子供が大伴家持(やかもち)で、『万葉集』の成立に大きく貢献した歌人です。
旅人の別の歌をさらに紹介します。
なかなかに人とあらずは
酒壺に成りにて
しかも酒に染みなむ
旅人には「酒を讃(ほ)むる歌」があり、そのなかの一首です。「中途はんぱに人間であるよりは、酒壺になりたかったものを。そうなって酒に染みていよう」(中西氏訳)。
面白い歌です。さすが酒好きの人という感じですね。しかしこのように酒壺になりたいほど酒を飲みたいというのは、実は心の奥に憂いがあったからではないでしょうか。大宰府に伴った妻を亡くすという悲しみも旅人は味わっています。旅人の歌を他にも読んでみませんか?
<伊藤先生の今月の徒然紀行 11>
歌を作るときに、国語辞典や古語辞典をかたわらに置いている人が多いと思います。もっとも、最近は電子辞書を利用している人が増えていますね。私はそれらの他に、いろいろな辞典を活用しています。たとえば、詩人の高橋順子さんが文章を書いている『風の名前』(小学館)の「夏の風」を見ると、「青嵐」「薫風」「南風(はえ)」など出ていて歌作りに生かしたくなります。今は亡き倉嶋厚さん監修の『雨のことば辞典』(講談社学術文庫)も便利です。日本語には雨の言葉が多いそうです。梅雨の呼び名でも「黄梅の雨」や「栗の花霖雨(りんう)」などの別名があり、楽しく勉強になります。