「なんだっけ、あれ、あれ」...明るくウィットに富んだ中村敬子さんの5首

歌人・伊藤一彦先生がピックアップした短歌を解説する定期誌「毎日が発見」の人気連載。今回紹介するのは、「筑紫歌壇賞」を受賞した中村敬子(きょうこ)さんの歌集から5首をご紹介します。

「なんだっけ、あれ、あれ」...明るくウィットに富んだ中村敬子さんの5首 pixta_50156807_S.jpg 
「筑紫歌壇賞」を受賞した中村敬子さんの『幸ひ人』

60歳以上の作者による優れた第一歌集に贈る「筑紫歌壇賞」が今年16回目を迎え、5月の選考委員会で中村敬子さんの『幸(さいは)ひ人』(柊書房)に決まりました。いかにも幸せ風なタイトルですが、その言葉を裏切らない潑剌(はつらつ)として明るい作品です。

 長く住む「西東京市北町」の
 南がひとつ
 無いこと思ふ

まずこんな歌をご紹介します。自分の住所に方位の「南」が入っていないことを歌っていますが、そのウイットが楽しいですね。人は誰しも小さな気づきを日に幾度も得ながら人生を過ごしているのですね。

 させば天たてれば地なる
 傘のさき
 始めにぬれて最後まで濡れる

やはり気づきの歌です。普通私たちは「傘のさき」がどんな働きをしているのか、考えもしませんよね。下の句の「始めにぬれて最後まで濡れる」には傘のさきに対する中村さんの感謝気持ちが感じられます。

 「なんだっけ、あれ、あれ」の
 あれ解るまでくすぐったくて
 やさしい時間

年齢を重ねていくと、物の名前などが出てこなくなることが多くなってきます。中村さんもそのようです。その名前を思い出すまでを「くすぐったくてやさしい時間」と詠んでいるのが面白いですね。イライラしていないのが彼女らしいです。

母親が登場する歌もあります。

 「一度しか死なないから
 ダイジョウブ」
 母はゆず湯につかりつつ言ふ

さすが中村さんのお母さんですね。死に対する覚悟というより、周りの家族に対する気遣いの言葉だと思います。その母親が亡くなったあとの秀歌を最後にご紹介します。

 花びらのすべてが
 「母はいません」と
 ささやいてゐる今年のさくら

 

<伊藤先生の今月の徒然紀行 12>
五月中旬に北海道旭川市に行ってきました。井上靖記念文化賞特別賞を光栄にも受けることになり、贈呈式に出席するためでした。井上靖といえば、数々の名作がある国民的な作家ですが、生まれは旭川市。『幼き日のこと』に旭川市への想いが記されています。

井上靖記念館は1993年開館。その後東京の旧井上靖邸の一部も移転されました。私も訪問し、偉大な作家の片鱗に触れることができ、うれしかったです。『額田女王(ぬかたのおおきみ)』は特に愛読してきた一冊です。『氷点』で有名な三浦綾子も旭川の生んだ代表的な作家で、その記念文学館も訪ねました。印象深い北の文学の旅でした。

 

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<教えてくれた人>
伊藤一彦(いとう・かずひこ)先生

1943年、宮崎市生まれ。歌人。NHK全国短歌大会選考委員。歌誌『心の花』の選者。

この記事は『毎日が発見』2019年7月号に掲載の情報です。

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