三蔵法師が歩いた道のりを、旅行作家の下川裕治さんが辿ります。今回の舞台はトルファン。オアシス都市で大らかに暮らすウイグル人と出会いました。
トルファンから始まる天山(てんしゃん)南路と天山北路
シルクロードは、気候変動や紛争の中でルートを変えていく。代表的な「オアシスの道」も、時代とともに北にシフトした。
中国側から辿ると、楼蘭(ろうらん)を通りタクラマカン砂漠の南縁を進む西域(さいいき)南道が古い。しかし気候の変化が通行を過酷なものにさせる。やがてルートは、砂漠の北側に移っていく。これがシルクロードの最盛期を支えた天山南路と天山北路だった。
南路と北路。その分岐点の街がトルファンである。
西遊記のモデルになった中国の僧、玄奘(げんじょう)三蔵は天山南路を通っている。その記録を見ると、トルファンと玉門関(ぎょくもんかん)との間に広がる砂漠、莫賀延磧(ばくがえんせき)で生死の境界をさまよっている。まったく水がない一帯が3000㎞以上も続いているのだ。隊商たちも命懸けでこの砂漠地帯をトルファン目指して進んでいく。
トルファン。かつてのオアシスもすっかり現代的な街並みに。
トルファン──。莫賀延磧を越えたところにあるこの街は、まさにオアシスだった。ここには、豊かな水と食料があった。
シルクロードを進む現代の旅人にとっても、トルファンはオアシスである。蘭州(らんしゅう)をたった列車は、荒涼とした黄土(こうど)高原に迷い込み、土くれだけが延々と続く乾燥地帯を進む。やがて車窓を彩りはじめるぶどう棚が、トルファンに近づいてきたことを教えてくれる。
バザールはにぎやかだ。山と積まれたりんごや柿、野菜......。地下には羊肉がずらりとつるされている。
積み上げられた果物。シルクロードのバザールだ。
バザール入り口。セキュリティーチェックはここで。外国人もパスポートを提示し、顔写真を撮られる。
塀には鮮やかな色合いのじゅうたんがかけられ、金色に縁どられた洋服が並ぶ。その色彩感覚が気分を盛り上げてくれる。新疆(しんきょう)ウイグル自治区というウイグル人世界の入口にあるトルファンには、たおやかな空気が流れている。人々の優しい表情も心を軽くしてくれる。
ウイグルの老人には風格がある。
ウイグル人が編んだじゅうたん。高価だ。
バザールで乾物を売る女性が、ほいっと干しぶどうを掌に載せてくれる。ただ旅人に食べてほしいという思い。戸惑いつつ干しぶどうを?張ると、優しい甘味が口の中に広がる。
トルファンから西に続くシルクロードはそんな温かい道筋だ。天山山脈の清涼な雪解け水が喉を潤し、オアシスの木々には果物が実をつける。隊商たちは、オアシスで1日の疲れを癒やし、次のオアシスを目指していく。
しかし最近のトルファンは息苦しい。中国政府が打ち出した一帯一路政策である。中国の物資をヨーロッパに運ぶ現代のシルクロードでは、政府に反発するウイグル人過激派のテロが頻繁に起きている。それを中国式に抑え込もうとする結果、バザールに入るにも高圧的な厳しいセキュリティーチェックが待っている。野菜一つ買いにバザールに入るのにも、ものものしいチェックが行われる。それを受け入れ、笑顔を絶やさない人々。彼らにはシルクロードの処世術が備わっている。
バザールの通路で食事。通路の中央で鍋料理、おおらかです。
バザールでウイグル麺。10元、約171円。
写真/中田浩資