あなたのSNS投稿、「偽りの姿」になっていないか?/枡野俊明(7)

pixta_6812536_S.jpg職場、恋愛関係、夫婦関係、家族、友人...。毎日自分以外の誰かに振り回されていませんか?

"世界が尊敬する日本人100人"に選出された禅僧が「禅の庭づくりに人間関係のヒントがある」と説く本書『近すぎず、遠すぎず。他人に振り回されない人付き合いの極意』で、人間関係改善のためのヒントを学びましょう。今回はその第7回目です。

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前の記事「あの人苦手...と思ったらいったん「色眼鏡」を外してみる/枡野俊明(6)」はこちら。

 

余計なものが増えると偽りに近づく

誰かに何かを伝えるとき、みなさんはどのような手段を使いますか?電話をかける、メールを書く、LINEなどのSNSを使う......。いまは少数派になっていると思いますが、手紙を書くという人もいるでしょう。

では、相手に「会いに行く」と答える人はどれほどいるでしょうか。テクノロジーの進化によってコミュニケーションツールは著しく発展し、多彩にもなっています。伝える相手、状況、内容などによって、それらを使い分ける、というのが現在のコミュニケーションスタイルといっていいでしょう。

たとえば、面と向かって話しかけることが気まずい場面でも、メールやチャットなどであれば、気軽にコミュニケーションをとることができます。なかなか対面では口に出せなかった言葉も、LINEなどでは気軽に伝えられる。また、会話することが苦手であっても、新しいコミュニケーション手段であれば、人に気を遣うことなく、これまで以上に楽しく通じ合うことができている、という人もいるでしょう。

しかし、この本を読んでいるあなたは、現状の人間関係に息苦しさ、つらさを抱えているのではないでしょうか。

相手から何かを問われて、OKマークのスタンプをLINEで返す。多くの知人にいっせいに自分の近況を知らせたくて、フェイスブックやインスタグラムに投稿する......。当初は、たしかに交流がさかんになったような気持ちになるでしょう。わざわざ会いに行って話すという時間の拘束が減り、手軽に情報交換ができるわけですから、物理的に多くのやりとりが可能となります。

たとえば、「今日のランチ!」をSNSで共有したとします。そこに「いいね!」の反応があればうれしくなります。しかも、それが数字となってあらわれるのですから、発信のしがいもあるというものです。そんなやりとりを繰り返していると、"ツボ"がわかってきます。「こんな内容がウケるんだ。文章はこんな感じがいいみたい。写真は......」というわけです。すると、そのことに縛られ始めます。

つまり、本心ではよいと思っていないのにもかかわらず、評価がよいからという理由で、"ウケ狙い"の発信をするようになるのです。評価を求めて、自分を偽ったり、飾ったりすることになる。その結果、本来の自分の姿からどんどんかけ離れていってしまうのではないかと思うのです。

 

削ぎ落としてシンプルな原点に回帰する

禅には「面授(めんじゅ)」という言葉があります。ほんとうに大切なことは、相手と直接向き合わないと伝わらないということです。直接向き合うと、コミュニケーションの幅が広がります。言葉以外のもの、たとえば、しぐさや表情、声といったものも、"ツール"になるのです。笑顔やうなずきがあると、それだけで話しやすい雰囲気になります。「安心感」が生まれ、相手と信頼関係が築きやすくなるのでしょう。

また、相手の状況を察し、理解するうえでも、それらのツールは役立ちます。なぜなら、表情やしぐさ、声のトーンは、状況によって無意識に変化するものだからです。

たとえば、体調が悪いときのことを思い浮かべてください。顔色が悪くなる、声がかすれる、咳(せき)が出る、といったことにもなるでしょう。これらを意識的に変えることは難しいものです。言葉では「大丈夫」だといっていても、体調の悪さがあらわれてしまう。

相手のことをよく観察することで、言葉にしていないこともわかります。しぐさ、表情、顔色、口角の上がり方や下がり方、目の動き、まばたき、眉間のしわ、視線の方向......。対面であれば、これらすべてが相手の状態を知る手がかり、情報になるのです。SNSやLINEのスタンプではこうはいきません。

私は、テクノロジーの進化によって実現した、新しいコミュニケーションツールを否定しているわけではありません。それらはあくまでも道具や手段であるのに、あまりに頼りすぎていて、本来の目的が疎(おろそ)かになっていることを危惧しているのです。

それらの道具を用いるときには、それがどのような性格をもっているかを自覚する必要があると思うのですが、その自覚も薄いような気がします。便利であるからといって、これらのツールを使った安易なコミュニケーションばかりしていると、ほんとうの自分を偽ることにつながり、相手との信頼関係を築くのが困難になってしまう可能性があることは、心にとめておかなければいけません。

何か相手に伝えたいと思ったときには、まず会う。何か相手に聞きたいことがあれば、とにかく会う。時間を拘束されることもあるでしょう。挨拶から本題までのやりとりがもどかしい場面もあるかもしれません。どのような言葉で切り出せばいいか迷うときだって、誰にでもあります。そう考えれば、「面授」にはマイナス面が多いと感じるかもしれません。

しかし、コミュニケーションの基本を「会う」というシンプルなものにすると、それだけで、精神的に楽になり、心にゆとりができることも多いのです。面と向かって会うのですから、心が塞(ふさ)いでいるのに元気なふりをしたところで、ほんとうの姿は隠しきれません。

反対に、元気であるにもかかわらず、睡眠不足の自分を言葉でアピールしたところで、うまくいくわけもありません。「会う」「直接向き合う」という原点に、一度立ち戻ってみてはいかがでしょうか。便利なコミュニケーションツールは、その便利さゆえに、コミュニケーションを複雑にも、煩雑にもしています。

コミュニケーションはシンプルなほうが、「簡素」なほうが心地よいのです。いちばん簡素なコミュニケーションである、相手に直接会うということが、人間関係の原点に必要であることはいうまでもありません。

  

次の記事「認めるべきところは認め、自分を貫く。迎合しない/枡野俊明(8)」はこちら。

枡野俊明(ますの・しゅんみょう)

1953年、神奈川県生まれ。曹洞宗徳雄山建功寺住職、多摩美術大学環境デザイン学科教授、庭園デザイナー。大学卒業後、大本山總持寺で修行。禅の思想と日本の伝統文化に根ざした「禅の庭」の創作活動を行い、国内外から高い評価を得る。2006年「ニューズウィーク」誌日本版にて「世界が尊敬する日本人100人」にも選出される。主な著書に『禅シンプル生活のすすめ』、『心配事の9割は起こらない』(ともに三笠書房)、『怒らない 禅の作法』(河出書房)、『スター・ウォーズ禅の教え』(KADOKAWA)などがある

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『近すぎず、遠すぎず。』
(枡野俊明/KADOKAWA)


禅そのものは、目に見えない。その見えないものを形に置き換えたのが禅芸術であり、禅の庭もそのひとつである。同様に人間関係の距離感も目に見えない。だからこそ、禅の庭づくりに人間関係のヒントがある――「世界が尊敬する日本人100人」に選出された禅僧が教える、生きづらい世の中を身軽に泳ぎ抜くシンプル処世術。

この記事は『近すぎず、遠すぎず。他人に振り回されない人付き合いの極意』からの抜粋です
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