40代以上の3人に1人が経験するとされる「尿もれ」。デリケートな問題なので、誰にも相談できない人も少なくないようです。そこで、排尿トラブル治療の第一人者・山西友典医師が監修した『尿トレ:誰にも言えない尿のトラブル「スッキリ解消! 」ブック』(方丈社)から、同書をまとめた取材班が知った「尿トラブルの仕組み」と解消法となるトレーニング「尿トレ」のヒントを連載形式でお届けします。
ふいに襲う尿意がつらい
中高年になって心配になる排尿トラブルとして、男女とも代表的な症状といえるのは「過活動膀胱」です。昨今、Over Active Bladder の略で「OAB」と呼ばれることが増えてきました。横文字だと少し抵抗感が減るかもしれませんが、耳馴染みのある"過活動膀胱"で記述を進めます。
過活動膀胱とは、膀胱が過敏にはたらいて収縮してしまう状態で、急にトイレに行きたくなり、がまんすることができない「尿意切迫感」があり、昼間や夜間のトイレの回数が多くなったり(頻尿)、ときには強い尿意ががまんできず、トイレに間に合わなくて尿がもれてしまう「切迫性尿失禁」がある症状です。
昨今、この過活動膀胱が加齢とともに起こりやすくなることは広く知られ、インターネットやメディアの情報もたくさんありますが、背景に病気が隠れている場合もあるので、情報から見当をつけても、病院で確認しましょう。
なぜ膀胱が過敏なはたらきをしてしまうのか?
その最たる原因は男女で違い、原因が特定できない場合も多くあるようです。脳卒中やパーキンソン病など脳の病気のため、脳と膀胱を結ぶ神経の回路に障害が生じて起こる場合もあります。
そして男女とも、過活動膀胱に似た症状が心因性の頻尿、膀胱炎、腎臓など泌尿器の病気など、さまざまな症状や病気を原因として起こる場合もあることも忘れずに!
男性の場合、原因の多くは「前立腺肥大症」
男性だけにある臓器、前立腺は、加齢とともに男性の健康を脅かすトラブルを招きやすくなる臓器です。悪性の変化ではないですが、中年以降、肥大していく人が多く、過活動膀胱の症状が出る人は、人により程度の差はあるものの、前立腺が肥大している「前立腺肥大症」であることが多いと考えられます。
前立腺は膀胱のすぐ下、尿道を取り囲むような形をしている臓器なので、前立腺が大きくなったり、前立腺の筋肉が過剰に収縮すると、尿道が圧迫され、尿が出にくくなります。
こうした状態が続くと、膀胱が過敏にはたらくようになってしまうのです。
前立腺肥大症が進行すると膀胱の出口をふさぎ、「尿閉」(膀胱内に尿がたまっているのに、排尿できない状態)を起こすことがあり、強い痛みや排尿障害を伴います。膀胱内に残った尿が増えると溢流性尿失禁を起こしたり、重症化して腎臓の機能障害を生じることもあって、場合により生命に関わります。
前立腺肥大は中高年以降の男性に多く、そのものは悪性腫瘍などではないとはいえ、軽く見てはいけないということでしょう。
なぜ前立腺が大きくなってしまうのか、まだ原因は詳しくわかっていません。主にホルモンバランスの変化が原因と考えられているので、加齢による変化は避けられないと見て、定期的に健診等で状態をチェックしましょう。
前立腺は炎症やがんなど、排尿トラブルを伴うほかの病気になることもあります。前立腺がんでも、重症化すると尿閉を起こすことがあり、早期発見・治療が大切。前立腺がんは自覚症状がほとんどなく、気づきにくいということなので、定期健診を受け続けるのが賢明です。
女性の場合、「原因不明」が最多
女性の過活動膀胱の多くは、原因が特定しにくいので、生活上、排尿トラブルを意識したら診察を受け、ひとまず原因を調べましょう。
原因がわかれば原因に応じた治療やセルフケアをし、原因が特定できなかったり、いくつかの原因により複合的に起きている場合は、治療やセルフケアをしながら、重症化して生活上の困難が増えないように、経過を見ていきましょう。
原因のひとつに加齢とともに起こる骨盤底筋群の衰えがあり、女性の泌尿器の構造からも尿もれは起こりやすくなります。
中でも妊娠・出産を経験したことがある女性に排尿トラブルが起こりやすく、それは、妊娠中に子宮が大きくなり、骨盤底筋群に重みがかかることで筋肉がゆるむうえ、出産時には赤ちゃんが骨盤底筋を伸ばして出てくるため。
しかし、こうした症状は骨盤底筋群を含む体幹の筋肉を鍛える訓練や、腹部の脂肪を減らすダイエット、便秘の予防(たまった便が膀胱を圧迫し、刺激するのを防ぐ)などセルフケアでも改善できる点がいくつもあります。
西村かおるさん(排泄ケア専門看護師)の著書『パンツは一生の友だち』(現代書館刊)の中に、素敵なエピソードが書かれています。パーキンソン病のために寝たきりになり、何年も膀胱に留置カテーテル菅が入っていて、自力で排泄をしていなかった80代の方が、介護にとても熱心な娘さんの協力を得て、カテーテルを外し、おむつ使用を経て、3カ月後、日中はポータブルトイレで排泄するようになった、という話。
この方はカテーテルを外してすぐ西村さん指導の骨盤底筋訓練を開始し、「自分にできることはこれくらいしかない。少しでも娘の介護負担を減らしたい」という意思で、日中、できる限り訓練をしていたということです。
何年もカテーテルを入れていれば、尿道を締める筋肉は大変、弱っていたのではないかと思われます。しかし、尿意を感じ、ポータブルトイレに移って用を足すまで、尿道を締めておけるまでに回復するとは!
その回復は、適切な筋肉を鍛え続けた努力の賜物。ご本人とご家族が、排泄の自立をあきらめなかった成果です。
西村さんはその事例で母子から「QOLが改善して満足」と大変感謝されたそうですが、西村さん自身が「あきらめてはいけないこと、できる限り最善を尽くすことを学んだ」と話します。
このエピソードから私は、症状や病気で悩むとき、より適切なケアを受け、自分にとってハッピーな結果をもたらすためには、医療や介護におまかせではなく、自分ができることはしなければならないのだと再確認しました。元気なうちに築いておく家族など身近な人との関係が大事、とも。
そして、そもそも症状や病気が起こらないよう、セルフケアで症状や病気を予防できたらよりハッピーです。
骨盤底筋はじめ体幹を鍛える訓練は、誰にとっても、どのタイミングで行っても、対象である筋肉を正しく動かせば健康被害にはなることはないセルフケアです。
なお、過活動膀胱の治療では、服を着たまま(椅子に座るだけ)骨盤底筋群周囲の神経に磁気刺激を与え、症状の改善を図る療法もあります。薬が使用できない場合や、薬を使用しても効果がでない場合に、ほかにも体への負担が少ない治療法があることを覚えておき、必要に応じて主治医に相談してみましょう。
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