「ブレーキを踏む」が思いつかなかった父。記憶からも消えて・・・/先に亡くなる親とアドラー心理学

しかし、そんな親が助けてほしいというサインを出していることを見逃さないことは重要です。

ある小学生のことを思い出しました。

彼は長らく学校に行っていませんでした。

通常このような場合には親には静観することを勧めますが、差し迫った問題がありました。

毎日、牛乳を二パックしか飲まなかったのです。

育ち盛りでしたから、牛乳だけでは命にも危険が及ぶかもしれないので、主治医は入院することを提案しました。

問題は、子どもが入院することに同意するかということでした。

部屋に引きこもっていて親とは口頭でのコミュニケーションを取れていない状態でしたが、わずかにメモ用紙に用件を書いて部屋の外に置いておくという仕方でコミュニケーションを取ることは可能でした。

そこで、今の状況を説明し、入院する必要があること、ついてはいつ入院するかをメモ用紙に書きました。

こうして彼は入院の日時を知ったわけですが、もしも入院したくなかったのであれば、逃げることもできたのです。

私は話を聞いてそこまですることはなかったのにとは思いましたが、入院当日、大人が三人部屋に入り、ふとんに寝ている状態で車に押し込み病院へ連れて行ったということでした。

それなのに彼がこの時一切抵抗しなかったのは、入院することに消極的にではあっても合意していたことを意味しています。

もはや牛乳だけでは生きていけないのに、子どものほうからそれまでの方針を撤回することを申し出ることはできない状態だったように思いました。

一見、強行手段に見えますが、子どもにすれば抵抗しようがなかったのだと思えますから、子どものプライドを傷つけることなく、子どもからの助けてほしいというサインに応じることができたのでしょう。

介護の場合も親のプライドが高いと、自力ではもはやできないことがあっても、子どもに援助を依頼することができません。

子どものほうから援助を申し出ても同意しようとはしないので、そのような時には親のプライドを傷つけることがないように工夫することが必要です。

言葉として意志を表明できない時、親がこの小学生のように言葉によらない方法で間接的にしてほしいこと、あるいは、してほしくないことを伝えてくることがあります。

父が施設に入所する一週間前に腰椎圧迫骨折で入院したことも、今になって思えば、施設に入りたくないという意志表明だったのかもしれません。

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「ブレーキを踏む」が思いつかなかった父。記憶からも消えて・・・/先に亡くなる親とアドラー心理学 172-c.jpgアドラーが親の介護をしたら、どうするだろうか? 介護全般に通じるさまざまな問題を取り上げ、全6章にわたって考察しています

 

岸見一郎(きしみ・いちろう)
1956年、京都府生まれ。哲学者。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学(西洋哲学史専攻)。著書は『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(古賀史健氏と共著、ダイヤモンド社)、『老いた親を愛せますか?』(幻冬舎)、『老いる勇気』(PHP研究所)、『幸福の条件 アドラーとギリシア哲学』(角川ソフィア文庫)など多数。

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『先に亡くなる親といい関係を築くためのアドラー心理学 』

(岸見一郎/文響社)

介護に勇気を与えてくれるアドラー心理学! 親の尊厳は保ちたいけど、介護に忙殺されるのもつらい…。親の介護が必要となったとき、それまでとは違った「親子関係」を築いていくことになります。じゃあそれって、いったいどんな関係がいい? 自身の介護経験を基にアドラー心理学の探究者が、介護に起こるさまざまな問題を“哲学”していきます。

※この記事は『先に亡くなる親といい関係を築くためのアドラー心理学 』(岸見一郎/文響社)からの抜粋です。
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