「ブレーキを踏む」が思いつかなかった父。記憶からも消えて・・・/先に亡くなる親とアドラー心理学

親の介護で疲弊する子、こじれる関係...。さまざまな問題を抱える家庭での介護ですが、認知症を患った実父の介護の中で、専門とするアドラー心理学に「親との対人関係上の問題について、解決の糸口を見いだせる」と哲学者・岸見一郎さんは感じたそうです。今回は、そんな岸見さんの著書『先に亡くなる親といい関係を築くためのアドラー心理学 』(文響社)から、哲学者が介護者の目線で気づいたことをご紹介します。

【前回】「あんなふうにはなりたくない・・・」在宅介護とデイサービス/先に亡くなる親とアドラー心理学

【最初から読む】年のせいだと思っていた物忘れは、父に訪れた認知症の現れだった

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助けてというサインを見逃さない

親自身もできなくなったことがあるとは思いたくありません。

例えば、親がもはや車の運転ができなくなった時に、それを諦めるように説得することは容易なことではありません。

父は、スーパーの駐車場の中で事故を起こしました。

幸い、人身事故にはなりませんでしたが、車を停める時に前後の車にぶつけるという事故を起こし、その際、父は後にその時ブレーキを踏むことにはまったく思い至らなかったと回想しています。

この事故の記憶は父から消えるのですが、類似の夢を頻繁に繰り返して見るといいました。

それは夢ではなくて本当にあったことだといっても、そうは思えないようでした。

問題は、こんなことがあっても、車の運転をしなくなって半年以上も経ってから、時折ふいに免許証はどうなったといいだすことでした。

ここは不便なところだから車がないと困るというのです。

不便といっても、こちらに帰ってきてからは自分で買い物に行ったことは一度もないのです。

しかし、車がないと困るといった時、ふと今一人で暮らしていると思ったのでしょう。

また、親の物忘れがひどくなるというようなことがあって、家族が親に医師の診察を受けさせようとしても、親が頑なに拒否することがあります。

父の場合は、介護サービスを利用するために診察を受ける必要があると説明をしました。

認知症は病識がないことが多く、そのため先にも書きましたが、忘れないようにメモをするというようなこともあまりありません。

しかし、父が物忘れがひどくなったのはかなり前からのことなので、その話を持ち出すことには抵抗しませんでした。

年がいけば誰でも物忘れがひどくなるけれども、直近のことを忘れるというのは火の不始末のことなどを考えると危険なこともあるので、それを治すための薬があるのだけど「病院に行かないともらえないから一度行ってみない?」というふうに誘うこともできます。

父は薬品関係の会社に勤めていましたから、薬で物忘れが改善するという話にはのってきました。

しかし、このようなことをいうと家族が自分を精神異常者と見なしていると親が強く抵抗することもあります。

受診することに同意し病院まできたのに、憤慨して家に戻るということもあります。

薬だけでも飲んでほしいと医師が処方したアリセプトをすべて焼却したという人の話を聞いたことがありますが、家族としては困ったことではありますが、自分が置かれている状況を適切に判断しての行動と見ることもできます。

「診察もしてないのに勝手に薬を出すのはおかしい」とその人のいっていることは正当だといえます。

受診の場合も、こんなふうに大変なのですが「私が心配なので診察を受けてほしい」と頼むしかありません。

もっともこれは断られるかもしれません。

親は自分の無力を認めたくはありません。

プライドが高い親はなかなか素直に自分が無力であることを認めようとしません。

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岸見一郎(きしみ・いちろう)
1956年、京都府生まれ。哲学者。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学(西洋哲学史専攻)。著書は『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(古賀史健氏と共著、ダイヤモンド社)、『老いた親を愛せますか?』(幻冬舎)、『老いる勇気』(PHP研究所)、『幸福の条件 アドラーとギリシア哲学』(角川ソフィア文庫)など多数。

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『先に亡くなる親といい関係を築くためのアドラー心理学 』

(岸見一郎/文響社)

介護に勇気を与えてくれるアドラー心理学! 親の尊厳は保ちたいけど、介護に忙殺されるのもつらい…。親の介護が必要となったとき、それまでとは違った「親子関係」を築いていくことになります。じゃあそれって、いったいどんな関係がいい? 自身の介護経験を基にアドラー心理学の探究者が、介護に起こるさまざまな問題を“哲学”していきます。

※この記事は『先に亡くなる親といい関係を築くためのアドラー心理学 』(岸見一郎/文響社)からの抜粋です。
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