医療費は会計までいくらかかるかはわかりません。2022年以降、75歳以上の医療費の自己負担が1割から2割に引き上げられる方針のなか、歳を重ねてもがんなどの大病にかかった場合にどのくらい治療費がかかるのかも想像がつきません。そこで、医療アドバイザー・御喜千代さんの著書『大切な人が入院・手術になったときの病気の値段がわかる本』(アスコム)から、病気の値段、保険の活用法、思わぬ出費、医療費をテーマに賢い病気との付き合い方のヒントを抜粋してご紹介します。
乳がん治療にかかる医療費の総額と平均入院日数
平均:77万2000円(3割負担で約23万2000円、1割負担で約7万7000円)
平均入院日数7.8日
※手術費、入院費、食事・生活療養費など、乳がんの治療を受けたときにかかる費用を含みます。平均入院日数は、手術を受けたときの入院の平均になります。
乳房の働きは?
乳房は脂肪が発達したもので、女性の乳房の役割は乳汁(母乳)を分泌することです。
妊娠すると乳腺細胞が作られ、乳汁の分泌が始まります。
出産後、授乳をするようになると、乳汁の産生を促進するプロラクチンというホルモンの分泌が増え、乳汁がたくさん作られるようになります。
離乳後は乳腺細胞が退縮して消え、乳管だけが残ります。
男性の乳房は、女性のように乳腺が発達していません。
ですが、乳腺組織は未発達な状態で残っているので、まれに男性も乳がんになることがあります。
乳房の構造は?
乳房は乳汁を分泌する乳腺組織と、それを包む脂肪組織からできています。
乳腺組織には乳管と小葉という組織があり、乳管の先は乳頭につながっています。
乳がんの基礎知識
乳がんは乳腺組織にできる悪性腫瘍で、95%以上が乳管の上皮細胞にできる乳管がん、残る5%ほどが小葉にできる小葉がんです。
がんは乳房の上半分にできることが多く、なかでもわきに近い側にできやすいことがわかっています(わき側が約45%、内側が約23%)。
もちろん乳房の下半分や乳頭にがんができることもあります。
国立がん研究センターがん情報サービスによると、乳がんの罹患者数は約9万2000人で、女性がかかるがんの中で一番多くなっています(2017年)。
また患者数は年々増えています。
その背景には、高齢出産・出産未経験の女性が多くなったことや、食生活の欧米化などが挙げられます。
罹患者数に対して死亡者数が多くないというのが、乳がんの大きな特徴です。
実際、乳がんの死亡者数は大腸がん、肺がん、膵がん、胃がんの次で5番目、約1万5000人になります(2018年)。
先にも述べたように、乳がんは早期発見や治療の進歩などの成果で、全体的にみると予後が大きく改善されたがんの一つといえます。
実際、ステージでみる5年相対生存率は、ステージⅠが99・8%、ステージⅡが95・7%、ステージⅢでも80・6%となっています。
しかし、ステージⅣまで進行してしまうと35・4%と下がってしまいます。
乳がんのリスクチェックをしよう!
自分がどれだけ乳がんにかかるリスクがあるか、次の項目でチェックしておきましょう。
□40歳以上
□太っている(BMI(※)25以上)
□初潮が11歳より前
□母親、姉妹、娘が乳がんである
□お酒をよく飲む(ほぼ毎日飲む)
□長年、たばこを吸っている
□カロリーの高い食事が多い
□出産経験がない(授乳経験がない)
□乳房に以前はなかったしこりが触れる
□乳房の一部がへこんでいる、ひきつれている、赤くなっている
□乳首から出血や分泌物があった
※BMI(体格指数)=体重kg÷(身長m)²
☑の数が多いほど、乳がんにかかりやすい傾向があります。定期的に乳がん検診を受けてください。
とくに最後の3つに当てはまる人は乳がんの疑いがあるので、早めに受診したほうがよいでしょう。
乳がんの検査とは?
乳がんは、自治体や企業が行っているがん検診が有用とされるがんの一つ。
具体的には、40歳以上の女性を対象に、2年に1回、乳がん検診の受診が推奨されています。
がん検診では専門医が乳房を触診、視診してしこりや皮膚の異常がないかを調べる視触診と、乳房専用のX線検査マンモグラフィを併用する方法があります。
ただし、現在は視触診は受診者の任意となっています。
マンモグラフィは乳房を板で挟んで平らにし、乳腺の状態を撮影する検査です。
わきの下の腋窩リンパ節に転移があるかどうかもわかります。
がんの疑いがある場合は、その部分の組織を細い針で採取する生検が行われます。
乳腺の発達が未熟でマンモグラフィでは異常を発見しにくい若い女性に対しては、超音波検査が検討されますが、今のところがん検診には組み込まれていません。
乳がんの進行度をみる検査には、CT(コンピューター断層撮影)検査や、MRI(磁気共鳴画像法)検査があります。
遠隔転移を調べる際は、PET(陽電子放出断層撮影)検査や骨シンチグラム検査が行われることもあります。
乳がん検査の値段
マンモグラフィ:5620円
乳腺超音波検査:3500円
生検:2万5800円
CT検査(単純CT・造影CT):1万6000~2万8000円
MRI検査:2万円
PET検査:10万円
骨シンチグラム検査:6万円
※健康保険が適用される場合は、この金額の1~3割負担となります。がん検診や人間ドックでこれらの検査を行う場合は、健康保険は使えません。
乳がんのステージとは?
乳がんのステージは、がんの大きさとリンパ節転移の有無で決まり、TNM分類を基準にしています。
Tはがんの大きさ、Nはリンパ節転移の状態、Mは遠隔転移の状態を指しています。
乳がんではステージⅠを早期がん、Ⅲ以降を進行がんと呼んでいます。
またステージ0を非浸潤がん、Ⅰ以降を浸潤がんと呼びます。
乳がんは先に紹介したステージに加え、生検を行ってサブタイプ分類をし、乳がんの性質を確かめたうえで治療方針を決めていきます。
これによりどのタイプの薬が効くかを、あらかじめ知ることができます。
サブタイプ分類には、ホルモン受容体の状態、HER2という乳がん細胞に発現するタンパクの状態、がんが増殖する力を示す指標(Ki値)などから、ルミナルA型、ルミナルB型、HER2型、トリプルネガティブの4つに分けられます。
ステージ別乳がんの治療と値段は?
乳がん手術と術後放射線療法の値段
乳房温存手術(乳房部分切除術)28万2100~42万3500円
術後放射線療法(25回/5Gy)25~45万円
乳房切除術22万5200~52万8200円
※健康保険が適用されるため、かかる費用は1~3割になります。
【ステージ0】
マンモグラフィ検査が普及したことで、非浸潤がんが多く見つかるようになりました。
この段階ではがんを切除すれば完治の可能性が高いため、基本的に治療は手術になります。
現在は「乳房温存手術」に放射線療法を組み合わせた治療か、「乳房切除術」のどちらかが行われます。
乳房温存手術は、しこりの周囲を1~2cmほど大きくとって切除する方法です。
転移のリスクを考慮して放射線療法を組み合わせることが一般的です。
乳房切除術はがんのある側の乳房をすべて切除する方法です。
この場合、新しく乳房を作る再建が可能です。
手術は入院をして行います。
その場合、上記の手術費用に加え、入院基本料や検査費用、手術前医学管理料、がん患者指導管理料、手術後医学管理料などがかかります。
【ステージⅠ~ステージⅢa】
この段階では、手術、放射線療法、化学療法を組み合わせる集学的治療が中心となります。
その組み合わせは複数あり、がんの大きさや転移の状態だけでなく、年齢やライフスタイルなどによっても、治療方針が変わってきます。
代表的な組み合わせは次の通りになります。
・乳房切除術→術後補助化学療法
・術前補助化学療法→乳房温存手術
・乳房温存療法→放射線療法→術後補助化学療法
早期がんと違い、浸潤がんであるこのステージでは、手術をする際は、腋窩リンパ節を切除して病理解剖に回し、転移があるかどうかを確かめるセンチネルリンパ節生検が行われます。
乳がんでは、抗がん剤や分子標的薬だけでなく、ホルモン薬も治療に使われています。
術前、あるいは術後補助化学療法では、術前に実施したサブタイプ分類によって用いる薬を変えていきます。
術前ではドキソルビシンやエピルビシン、パクリタキセル、ドセタキセルなどが用いられます。
HER2陽性であれば分子標的薬のトラスツズマブが追加されます。
術後に使う薬の種類や値段については、ステージⅢb~Ⅳのページで紹介します。
【ステージⅢb~ステージⅣ・再発乳がん】
基本的には、抗がん剤などによる全身療法が治療の中心となります。
事前に確認したサブタイプ分類によって、使う薬が決められます。
乳がんは、がんで使われる一般的な抗がん剤や分子標的薬に加え、ホルモン薬もよく用いられます。
これは、乳がんの中にはホルモンの影響で増殖するタイプがあるからです。
具体的には次の通りになります。
ルミナルA型は分化度が高く増殖の遅いタイプで、ホルモン薬がよく効くことからホルモン療法が第一選択となります。
日本人の乳がんの約6割がこのタイプです。
ルミナルB型は増殖スピードが速めのタイプです。
ホルモン薬と抗がん剤の治療が基本となり、HER2が陽性であれば分子標的薬を追加します。
HER2型は、がん細胞の表面にあるHER2というタンパクが多いタイプの乳がんで、このHER2をターゲットにした分子標的薬がよく効くことがわかっています。
トリプルネガティブはホルモン薬や分子標的薬が効きにくいことから、抗がん剤治療が中心となります。
乳がんの化学療法でも抗がん剤を組み合わせて使うことが多く、AC療法(ドキソルビシン+シクロホスファミド)、FEC療法(フルオロウラシル+エピルビシン+シクロホスファミド)にパクリタキセルまたはドセタキセルを追加すると再発予防効果が上乗せされるとされています。
TC療法(ドセタキセル+シクロホスファミド)もよく行われています。
ホルモン薬で用いられているものに、抗エストロゲン薬(タモキシフェン、トレミフェン)、LH-RHアゴニスト製剤(リュープロレリン、ゴセレリン)、アロマターゼ阻害薬(エキセメスタン、アナストロゾール、レトロゾール)、プロゲステロン薬(メドロキシプロゲステロン)があります。
乳がん治療ではさまざまな分子標的薬が併用されています。
代表的なものとしては、トラスツズマブとペルツズマブ、トラスツズマブとエムタンシン、ベバシズマブなどが挙げられます。
再発の乳がんでは、パルボシクリブ、アベマシクリブ、エベロリムスが、BRCA1またはBRCA2の遺伝子に変異がある遺伝性の乳がん卵巣がん症候群には、PARP阻害薬のオラパリブが使われます。
乳がん化学療法とホルモン療法の例と値段
AC療法
ドキソルビシン(アドリアシン)+シクロホスファミド(エンドキサン)
1サイクル:1万6300円
FEC療法
フルオロウラシル(5FU)+エピルビシン(ファルモルビジン)+シクロホスファミド(エンドキサン)
1サイクル:3万3530円
パクリタキセル(タキソール)
1サイクル:2万2740円
nabパクリタキセル(アブラキサン)
1サイクル:21万2490円
ドセタキセル(タキソテール)
1サイクル:5万1700円
TC療法
ドセタキセル(タキソテール)+シクロホスファミド(エンドキサン)
1サイクル:6万7880円
ホルモン療法
1カ月:6000~3万2290円
ホルモン療法+CDK4/6阻害薬
例)パルボシクリブ(イブランス)
1サイクル4週間:48万2580円
※ホルモン療法の値段は含まれていません。
トラスツズマブ(ハーセプチン)
最初の1サイクル3週間:13万6140円
2サイクル目以降:10万2100円
ペルツズマブ(パージェタ)
初回:41万2940円
2回目以降:20万6470円
オラパリブ(リムパーザ)
1回:2万740円
※健康保険が適用されるため、かかる費用は1~3割になります。
※( )内は製品名です。
がんや糖尿病など大病にかかる医療費を2つのシチュエーションにわけて表記し、詳しく説明されています。