なんで私が...アラフィフで「脳梗塞」と「乳がん」に見舞われた麻木久仁子さんの「気付き」とは

タレント活動の一方で、普段の生活に取り入れやすい薬膳料理を紹介した『ゆらいだら、薬膳』(光文社)を出版、健康な生活のため日々の食事がいかに大切かを伝えている麻木久仁子さん。48歳で脳梗塞を、50歳で乳がんを経験した変わった「健康への意識」とは...

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気分も体調も一定じゃない。揺らいでもなんとなく戻ってくればいい!

二度の大病が変えた健康への意識

――二度の大病の経験が、食を見直すきっかけになったそうですね?

そうなんです。

48歳で脳梗塞を、50歳で乳がんを経験するまで、食事を含め、健康に対する意識はむしろ低い方だったと思います。

芸能界のお仕事は不規則極まりないのですが、ずっと病気とは縁がなく、入院をしたのは出産のときだけ。

そのせいで自分は大丈夫、という慢心があったのかもしれません。

ところが48歳のとき、脳梗塞になってしまった。

幸い後遺症もなく、大事には至りませんでしたが、なんの前触れもなく起こった右半身の震えとしびれには恐怖を感じましたし、健康に対する意識を改めざるを得ませんでした。

それで50歳の大台を前に人間ドックを受診したのですが、今度は乳がんが見つかってしまったのです。

それも左右両方に。

まだかなり早期でしたが、受診したクリニックの院長が偶然にも以前テレビの「乳がん特集」でご一緒したことのある先生で、そのとき撮影した画像が残っていたおかげで、非常に初期の乳がんを見つけていただけました。

長続きする食養生を求めてたどりついた薬膳

――脳梗塞からあまり時間が経たないうちに乳がんの宣告を受けたときのお気持ちは?

最初は「なんで私が」と思いましたよ。

でも先生から「長い付き合いになりますね」と言われて、安心したんです。

乳がんの場合、忘れた頃に再発することもあり10年は経過観察が必要だからとそのようにおっしゃったのですが、長い付き合いも生きていればこそじゃないですか。

つまり先生は私が死ぬと思っていないのねって(笑)。

検査手術・部分切除手術でがん細胞を取り除いたあと、放射線治療を受けました。

その期間は毎日のように国立がんセンターに通いましたが、大勢の方が放射線や抗がん剤の治療を受けていて、終わるとその足で仕事に行く人も少なくなかったんです。

それで気付いたんです。

ああ、健康という日常と病気という非日常があるわけではなくて、病気を抱えながら生きていく日常というものがあるんだなと。

考えている以上に病気は身近にあるけれど、日頃から健康管理に気を付けて体力をつけておけば、病気になったとしても厳しい治療にも耐えられるし、すみやかに日常に戻ることができるんじゃないかしらって。

運動は得意ではないので、改善するなら食事だろうと私なりに調べたのですが、体に良いとされる食事には何かしらタブーがあることが多いんですね。

食べることが大好きな私にとって、制限の多い食事では長続きさせる自信がありませんでした(笑)。

長い人生を送るつもりで、ずっと続けられる食養生はないものかと探し求めてたどりついたのが「薬膳」だったのです。

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「ただのみそ汁でも、わかめを入れるのか大根にするのか、しょうがをスライスにするのか。その日の体調に合わせて考えるのが楽しくて仕方がないんです!」と麻木さん。年齢を感じさせないチャーミングさも健在です。

自分を見つめることそれは"毎日が発見"

――「薬膳」には食べてはいけないものはないんですか?

薬膳では「食材すべてに力がある」と考えるので、季節や体調に合っていれば、何を食べてもいいんです。

そのときの自分の体に合ったものを、優しい味付けで腹八分目いただけばいい。

もちろん、いくらでも奥深く追求することはできますが、それほどたくさんの知識がなくても簡単に実践できるのが薬膳のいいところなんです。

例えば冷蔵庫の中に大根がありました。

これをみそ汁に入れたら、それはただの"大根のみそ汁"ですよね。

でも昨日食べ過ぎてしまったから消化を促す大根をみそ汁に入れようと思って作ったら"薬膳"になる。

さらに冷え性なら七味とうがらしを、更年期でほてりがある人なら、貝類や海藻は体を冷やしてくれるので、青のりを振る。

そうしたら、その人なりの薬膳になるわけです。

――いわゆる「薬膳」のイメージと違って驚きました。

薬膳と聞くと"木の根っこ"みたいなものが入った、体にいいけどおいしくない食べ物をイメージする人が多いのではないかと思います。

確かにそれも薬膳ですが、薬膳のごく一部でしかありません。

実は私が脳梗塞をしたあと、母も心臓の病気で大きな手術を受けることになりました。

そして、それを機に同居することになったのですが、母の体力の回復維持のためにも食事を変えなければという思いが強かったんですね。

足りないものがあれば補い、やり過ぎたら控える。

「中庸」、つまりバランスを大事にする薬膳を作ろうとすると、いまの自分の状態を見つめざるを得ません。

それは母に対しても、娘に対しても同じで、「今日はどんな状態かしら」と気を配ることが日常になりました。

食事は毎日のことですから、それこそ"毎日が発見"なんです(笑)。

人間って体調も気分も日々揺らいでいて、一定であることはありません。

それで『ゆらいだら、薬膳』というタイトルにしたのですが、揺らいでも慌てることはなくて、なんとなく戻ってきて、なんとなく中庸だったらいい。

この考えは、完璧じゃなければならないと自分を追い込んでいた、かつての私を変えてくれました。

脳梗塞にかかったとき、あらゆる検査をしていただきましたがどこにも異常はなく、ストレスが要因だろうという結論に収まりました。

でも、「心穏やかに、ストレスをためないように」と言われても、その方法が分からない。

ところが薬膳と出会い「中庸」の精神を実践している現在は、無理せず日々を心穏やかに過ごせています。

大きく傾かないように毎日チマチマ手当てする

――薬膳を長く続けるコツはなんでしょうか?

やっぱり無理をし過ぎないことですね。

私も忙しいときはコンビニごはんで済ませたり外食することもありますが、お惣菜を買うにしても、薬膳の考え方を当てはめればいいんです。

今日はスープにしようと思っても、豆腐にするのか春雨にするのか、具材で全然違いますから。

お料理が難しければお茶からはじめてもいいと思います。

どんどん暑くなるこれからの季節は緑茶の中にミントを。

夏でも冷房の効いた中で過ごす時間が多ければ、紅茶にシナモンを入れてみたり。

生きている限りストレスを完全になくすことはできないかもしれませんが、大きく傾かないように毎日チマチマ手当てしていく。

そのチマチマの手当てが、何かを我慢することや諦めることではなく、おいしいごはんを食べることというのがいいと思うんです。

私の師匠の「本草薬膳学院」辰巳 洋(なみ)先生も、「体のためにまずいものや苦いものを我慢して食べるのは日々の食養生ではありません。薬膳とはおいしいものです」とおっしゃっていますが、続かなければ意味がありません。

そうやって考えると、薬膳ってつくづく食いしん坊にぴったりの食養生だなと、実感せずにはいられません(笑)。

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取材・文/鷲頭紀子 撮影/吉原朱美

 

麻木久仁子(あさぎ・くにこ)さん
1962年、東京都生まれ。テレビ、ラジオ番組で司会者、コメンテーターとして活躍する他、知性派タレントとしてバラエティー番組への出演も多い。2016年に国際薬膳師、19年に国際中医師の資格を取得。現在は祐成陽子クッキングアートセミナーにて薬膳講座の講師も務める。

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『ゆらいだら、薬膳』

(麻木久仁子/光文社)

身も心もボロボロだった40代から立ち直り、人生を見つめ直すきっかけになった「薬膳」の魅力をふんだんに綴ったレシピ&エッセイ。特別な材料や調理法をいっさい必要としないバラエティーにとんだレシピの数々は、薬膳に対する意識を変えてくれます。

この記事は『毎日が発見』2020年7月号に掲載の情報です。

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