夫婦で穏やかな老後を過ごすと疑わなかった...。50代の夫婦を突然襲った「妻のがん」。子供のいない2人暮らし、家事のできない夫に、がんの妻が「鬼コーチ」と化して料理特訓を始めて...。前回の連載が反響を呼んだ藤井満さんの著書『僕のコーチはがんの妻』(KADOKAWA)より、笑って泣ける「愛の実話」を、さらに第4章の途中(全6章)まで抜粋してお届けします。
心をささえる哲学外来。体ホカホカ豆乳鍋
肝臓への転移を告げられて、僕の心の堤防が決壊してしまった。
街を歩いていても10分に1度は涙があふれてくる。
朝食後、お茶を飲んでいるとき、妻がつぶやいた。
「肝臓を手術しないと聞いたときホッとしたんだけど、あれって手のほどこしようがないってことだったのかなあ。そうじゃなくて全身治療のほうがよいってことなのかなあ」
彼女も病状を受け入れられないのだ。僕も気持ちばかり高ぶって、何も答えられない。
自分がこんな精神状態では妻をささえられない。
救いを求めていろいろな本を読みあさった。そのうちの一冊、病理学の専門家である樋野興夫(ひのおきお)さんが書いた『がん哲学外来へようこそ』(新潮新書)のいくつかの言葉が目にとまった。
「やるだけのことはやって、後のことは心の中でそっと心配しておれば良い。どうせなるようにしかならないよ」
「苦難に遭うことで忍耐が生まれ、忍耐が生まれることで品性が出て......」
「他人との比較を離れ、自分の品性と役割に目覚めると、『明日死ぬとしても、今日花に水をやる』という希望の心が生まれてきます」......
大阪にも、「哲学外来」を受け付ける診療所があるという。
大阪府守口市の住宅街にあるクリニックを訪ねた。
在宅医療を専門にしている東英子(あずまえいこ)医師がお茶を出してくれた。
「昨夏に妻がメラノーマと診断されて以来、最悪の事態を事前に予測して備え、妻をささえようとしてきた。でも肝臓転移が見つかって心がくずれてしまったみたいで......」
経緯を説明するだけで涙があふれる。
東さんはしばらく僕の話を聴いたあと、こんな話をしてくれた。
「患者さん本人よりご家族のほうがパニックになってしまうことはよくあります」
「患者さんが病気を受けとめられることもあれば、楽観的すぎるように見えることもある。日によって変わる。それに寄りそってあげたらよい」
「日々を大事にしよう、などと言うと『死の準備みたいでいやや』と言われてしまう」
と僕が言うと、
「言葉を聴くことはできるけど、何かを言うのはとてもむずかしい。相手の言ったことの一部をくり返すというのはひとつのやりかたです」
たしかに、それは新聞記者の取材のテクニックでもある。
1時間ちょっと話を聞いてもらった。何らかの解決策を示してもらったわけではない。
でも、泣きながら話すうちにちょっとだけ心が落ち着いた。
帰途、自宅までの4キロを歩く1時間は涙を流さずにすんだ。
人前で泣いて話せるって大事なことなのだ。
妻はしょっちゅうべそをかくけれど、だからこそ感性がしなやかで僕よりも強いのかもしれない。
午後5時に帰宅した。
「なにおそくまでブラブラしてるんや。きょうはおいしい豚肉買ったから豆乳鍋や!」
いきなり「鬼コーチ」の叱声が響いた。
「塩ふたつまみ入れて」と言うから2本指でつまんだら、
「ひとつまみは指3本!指2本は『ひとふり』や」
「酒は適当」というから料理酒をドブドブ注ぐと、
「もったいない!入れたければ自分の飲む酒を入れろ!」
煮魚には酒をたくさん入れるとおいしいが、肉の臭みを取るには少量でよいらしい。
白菜やネギと一緒に春菊も鍋に入れようとしたら、また雷が落ちた。
「春菊はすぐ火が通るから後や。ちょっとは考えろ」
あわてて鍋から春菊を取りだしたら、床にぶちまけてしまった。あきれてため息をつく妻。
それでもなんとか完成して「ふぅ、つかれたぁ」と僕が口にすると、
「こっちの方がつかれるわ!」と妻は吐き捨てた。
豆乳のスープはやさしく胃の腑にしみわたる。
体の内側からあたためてくれる。
鍋をさらったあとの豆乳うどんも絶品だった。
【次のエピソード】「お別れ、けっこう早いかも...」ふとんに入り、泣き出した妻/僕のコーチはがんの妻(11)
イラスト/藤井玲子
6章に渡って綴られる「家族の愛の実話」。巻末には著者に妻が教えてくれた「23のレシピ集」も収録