【森永卓郎さんが解説】75歳まで働ける? 「年金制度を維持するために国民に求められていること」

月刊誌『毎日が発見』の森永卓郎さんの人気連載「人生を楽しむ経済学」。大人世代で心配になってくるのが老後。生活費などの資金や健康に対して不安はつきものです。今回は、「何歳まで働き続けるのか」がテーマです。

この記事は月刊誌『毎日が発見』2023年10月号に掲載の情報です。

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老後を貧困にしないためにある年金制度

政府は、国民が働ける限り働き続ける「高齢就業シナリオ」を採用しています。

法的にも高年齢者雇用安定法によって65歳までの継続雇用の確保を事業主に義務化していますし、2021年からの法改正では、70歳までの継続雇用の確保を事業主の努力義務としました。

事業主は、定年年齢の延長や定年の廃止、継続雇用制度の導入、業務委託契約、事業主が行う社会貢献事業への従事など、様々な形で構わないので、70歳まで働ける場所を確保する努力をしなさいということです。

つい最近まで、サラリーマンは60歳で会社を定年になり、そののち老後生活に入るというのが常識でした。

それがなぜ70歳まで働くことになったのでしょうか。

私は、公的年金制度を維持するためというのが最大の理由だと考えています。

いまでも厚生労働省は、厚生年金の所得代替率50%以上という目標を掲げ続けています。

所得代替率というのは、年金受給額が現役世代の手取り収入の何%に相当するのかという数
字です。

50%という数字は、「相対的貧困」の基準でもあります。

世間の収入の半分以下の収入だと、貧困だと判定されてしまうのです。

つまり、厚生労働省は、「厚生年金の保険料をずっと払い続けていれば、年金収入だけで老後が貧困にはなりません」ということをずっと言い続けてきたわけです。

ところが、少子高齢化が進むなかで、この目標の達成は容易ではなくなりました。

高齢化が進み、年金受給者がどんどん増える一方で、年金保険料を納める現役世代の数が減っているからです。

実際、「国勢調査」でみると、日本の生産年齢人口(15~ 64歳の人口)は、1995年がピークで、減り続けています。

2020年までで、すでにピークから14%減少し、40年までに、さらに17%減少します。

そうなると、公的年金制度を維持しようと思ったら、高齢層により長く働いてもらうしか手がありません。

実際、政府の計画もそうなっています。

長く働き続けられる職業とは?

厚生労働省は、5年ごとに公的年金制度の「財政検証」を行い、年金の将来見通しを明らかにしています。

2019年に行われた前回の財政検証で「経済成長と労働参加が進むケース」と名付けた標準ケースで2040年の労働力率(人口に対して、週1時間以上働いた人と求職者を合わせた割合)をみると、男性の65~69歳は71.6%、70~74歳は49.1%、女性の65~69歳は54.1%、70~74歳は32.6%となっています。

つまり、男性の4人に3人が70歳まで働き、ほぼ半数が75歳まで働く。

女性の過半数が70歳まで働き、3人に1人が75歳まで働く。

そうした条件が満たされて初めて、日本の公的年金制度を維持することができるのです。

私はいま66歳なので、70歳まで働くというのは、ちょっと厳しいけれど不可能ではないと思っています。

問題は、男性の半数、女性の3分の1が75歳まで働くという想定のほうです。

例えば、健康寿命でみると、男性の健康寿命は72歳、女性は75歳なので、75歳まで働き続けることが、かなり難しいことはこの点からだけでも分かります。

そしてもう一つ私が実感していることは、年齢を重ねると、肉体的な衰えが避けられなくなるということです。

私自身はそれなりのトレーニングをしているのですが、それでも最近、肉体の衰えを感じるようになりました。

そのため若いころのように満員電車で通勤したり、長時間労働をしたり、そして何より体を酷使する仕事が難しくなってきているのです。

そうしたなかで、多くの国民が70代も働き続けるというシナリオを描くのであれば、政府も、どのような職業で働けばよいのかというビジョンを示すことが必要でしょう。

その観点で、20年の国勢調査で70代前半層がどのような職業で働いているのかを職業中分類でみると、多い順に農業従事者、清掃従事者、一般事務従事者、商品販売従事者、製品製造・加工処理従事者、飲食物調理従事者、自動車運転従事者、建設・土木作業従事者、その他の運搬・清掃・包装等従事者となっていて、ここまでが10万人以上が働く職業になっています。

私は、注目すべきは、最も多くの人が働いている農業だと考えています。

「じいちゃん農業、ばあちゃん農業」という言葉もあるように、農業は、高齢期でも続けられる仕事です。

ただ、現在農業に従事している人は、もともと農業をやっていて、自分の農地を持っている人が多くの割合を占めています。

農業経験のないサラリーマンが、高齢期になって、いきなりできる仕事ではありません。

また、自分の農地を取得することも、農業委員会の許可を得ないといけないので、なかなか困難です。

そうした事情を踏まえて、サラリーマンが高齢期に農業従事者になれる仕組みを整備することが、雇用政策として必要だと私は思います。

多くの国民が高齢期に農業をするようになれば、食料安全保障の面でも、健康づくりの面でも、耕作放棄地対策としても、とても有効な政策になると思うのです。

※記事に使用している画像はイメージです。

 

森永卓郎(もりなが・たくろう)

1957年生まれ。経済アナリスト、獨協大学経済学部教授。東京大学卒業。日本専売公社、経済企画庁などを経て現職。50年間集めてきたコレクションを展示するB宝館が話題。近著に、『増税地獄 増負担時代を生き抜く経済学』(角川新書)がある。

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