本誌連載「老後に備えない生き方」でおなじみの岸見一郎先生は、精神科などで長年、カウンセリングを行い、親子問題、家庭問題の相談も多く担当してきました。ご専門のアドラー心理学(フロイト、ユングと並んで「心理学の三大巨頭」と称される、オーストリアの心理学者アルフレッド・アドラーの思想)を軸に、子どもたちの問題にどう向き合うべきか伺いました。
私のカウンセリングは、ひきこもりであれ、不登校であれ、本人は来ません。
普通は親御さんが来られます。
そこで気を付けなくてはいけないのは、本人が来ていないのに、本人の問題を扱ってはいけないということです。
また、カウンセリングをするときには目標の一致が必須です。
「この目標が達成できたら、カウンセリングを終結できる」という目標を、初期の段階で相談に来た人との間で合意しておかないといけないのです。
アドラー派以外のカウンセラーは、そういうことを考えず、来ていない子どもを何とかするという相談を親とするのです。
この構図そのものが、子ども本人にとっては非常に不愉快です。
つまり自分が知らないところで自分の問題を、知らない先生と親が相談している。
そしてそれが発覚したときには、いよいよ関係が悪くなります。
ですから私は最初に「学校に行かせる、社会に出ていかせるということは、相談の目標にはできません」とはっきり言います。
例えば「家に子どもがひきこもっている状態でも、気持ちを楽にするためにはどうしたらいいか」、あるいは「コミュニケーションをとるためにはどうしたらいいか」ということであれば相談にのることはできます。
ひきこもり解消というようなことはできませんと言うのです。
すると10人のうち、7人くらいの人は継続してカウンセリングに来られます。
そして、そういった目標であればわりと早い時期に解決できるのです。
親の問題だからです。
親が変わります。
親しか変われないのです。
ひきこもりの子がカウンセリングに
ある母親がやってこられて、息子さんは中学生から10年間部屋にひきこもって就職するような年齢になっている。
1年に1回か2回しか外に出ません。
「この子を早く仕事に就かせてください」と言われたのですが、「ここにいない子どもをどうこうすることはできない。親が変わることはできる」と話しました。
その上で、お母さんには趣味があるというので、その趣味に打ち込むことをすすめたのです。
この助言の意図は、意識を別のところに向けて、子どもが家にいることを忘れる時間をつくることです。
その後、趣味が高じて中国の山奥まで出かけていくようになりました。
その後、お母さんはカウンセリングに来られなくなりました。
これからの人生を子どもがどう生きるかは、子どもの課題だから彼にしか決めることはできない。
親が決めるわけにもいかない。
まずはお母さんが子どもから手を引かないといけないと私は思っていたので、思惑通りでした。
次は父親が来られました。
お父さんは中小企業の社長でしたが、毎週片道2時間半かけてやってこられた。
私は「お父さん、親といえども息子さんの人生を決めることはできません。社長が自らやってきてこの不景気の時代、会社が倒産でもしたら元も子もないので、悪いこと言わないから来なくていいですよ」って言ったのです。
不愉快そうな顔をされたのですが、お父さんもやがてカウンセリングに来られなくなりました。
それから2年たって本人が来ましたね。
私は驚いて、「今日は何しに来たの?」と聞いてしまいました。
「最近お父さんもお母さんも冷たいのです。前はぼくのために精神科の先生のところに行ったり、カウンセリングを受けたり、不登校の親の会に行ったり、一生懸命だったのに、最近お母さんは中国に行ったりする。お父さんも週に何度かは仕事が忙しくて帰ってこない。これからの人生のことを考えると不安なのです。これからどう生きたらいいのかということを先生と相談したいと思ってやってきました」。
そこで初めて、これからの人生をどう生きるのかということが本人の課題であるということが自覚され、カウンセラーと本人との話が始まりました。
振り返ってみると、親がやってきたことは裏目に出ている。
親が一生懸命子どもを社会に連れ出そうと働きかけたために余計、子どもはひきこもる決心をした。
親があきらめてしまったら自分で何とかするしかないと思って動き出した。
実際彼はその後専門学校に行ってきちんと卒業しました。
そういうケースがあります。