夫婦で穏やかな老後を過ごすと疑わなかった...。50代の夫婦を突然襲った「妻のがん」。子供のいない2人暮らし、家事のできない夫に、がんの妻が「鬼コーチ」と化して料理特訓を始めて...。WEB連載で33万人が笑い、そして涙した「家族の実話」を、藤井さんの著書『僕のコーチはがんの妻』(KADOKAWA)より第2章の途中(全6章)までを抜粋、7日間連続でお届けします。
料理上手だが、独創的すぎる料理に面食らうこともあった= 2013年
「がん相談センター」あっても患者は孤独。食欲ささえたゴーヤの苦み
主治医の説明を受けるため、大阪市内の総合病院の皮膚科に行った。
「説明が長くなるので、先にほかの患者さんを診ます」と言われた。
そんなに悪いの?妻と顔を見合わせる。
髪の毛がもじゃもじゃの主治医は、「転移はありません。でも腫瘍の厚みが4ミリを超えているのはよくない」
4ミリまでならば、「センチネルリンパ節(腫瘍からのリンパ液が最初に流れこむリンパ節のこと)」を採って検査し、転移があったら周囲のリンパ節を広く取りのぞき、ほかへの転移を予防する。
だが4ミリを超えていると、すでに血液を介してほかの臓器に転移している可能性が高いから、「センチネル」を検査する意味はあまりないと言う。
「内臓転移の確率が高いということですか?」と僕がたずねると、「確率1%でも転移することはあるし、90%でも転移しない人がいる。確率にはとらわれてはいけません」
腫瘍があった場所の周囲を広く切除する手術をして、その後は転移予防のためインターフェロンの注射をすることにした。
悪性黒色腫(メラノーマ)はつい最近までは内臓転移をするとほぼ助からなかった。
しかし、免疫細胞を活性化させてがん細胞を攻撃させるオプジーボや、特定の分子を制御する分子標的薬が開発され、急速に治療効果が上がっているという。
転移したとしても、まだ絶望することはないのだ。
いくつかの病院の「がん相談センター」に電話で相談した末に、国立がん研究センター(東京)の「希少がんセンター」にたどりついた。
セカンドオピニオンをどこで聞いたらよいかたずねると、「症例の多いところがよいでしょう」と調べ方を教えてくれた。
その結果、自宅の近所では大阪国際がんセンター(大阪市中央区)に専門医がいることがわかった。
今後治療の選択に悩んだときはここに相談することにしよう。
診察で、医師はたんたんと事実を述べて患者に治療の選択をせまる。
がん相談センターでも「何を知りたいんですか?」とはたずねてくれるが、何をどうしてよいかわからず混乱している心まではささえてくれない。
記者として情報収集はなれているはずだけど、患者と家族は孤独なのだと実感させられた。
そんなとき「メラノーマ患者会」というホームページを見つけた。
同じ病気とたたかう仲間がいる。
僕はちょっとだけ気持ちが救われたが、妻はためらった。
「闘病ブログとか見ても、途中でとぎれたりしてる。患者会に参加するのはこわい」
僕だけ入会した。
8月末、妻は2度目の手術のため入院した。
病室で付きそいながら「食欲わかないんやけど、夕食に何つくったらいいかなぁ」と相談すると、「ゴーヤチャンプルーやろ。みそで炒めたらビールに合うんちゃうか?」
「豆腐や卵を入れたらボリューム出るな?」と言うと、「卵や豆腐を入れて食べきれずに翌朝まで残したらくさっちゃうやろ。それより簡単でいいから副菜をつくること!」
A4の紙に妻が書いたレシピには「ゴーヤの厚みは肉の厚みにそろえる。バラ肉だから薄く切る。これが今回の秘訣や」と書いてあった。
副菜は大根おろし納豆をつくった。
病気の心配と夏バテで夕食を食べる気になれなかったけれど、ゴーヤの青くさい苦みが食欲を刺激してくれた。
卵や豆腐を入れなくて正解だった。
翌朝、病院で写真を見せると「デロンとしていて盛り付けが汚い!」とのことでした。
(つづく)
イラスト/藤井玲子
【次のエピソード】転移への恐怖と...たんたんと過ぎる「幸せな日々」/僕のコーチはがんの妻(3)
6章に渡って綴られる「家族の愛の実話」。巻末には著者に妻が教えてくれた「23のレシピ集」も収録