お祝いもお悔やみも「お金の掛け方」考え直してみて。哲学者が伝えたい「人生100年時代の冠婚葬祭」

定年退職の後や年金受給の時期など、考えなければならないことが山ほどある「老後の暮らし」。哲学者・小川仁志さんは、これから訪れる「人生100年の時代」を楽しむには「時代に合わせて自分を変える必要がある」と言います。そんな小川さんの著書『人生100年時代の覚悟の決め方』(方丈社)から、老後を楽しく生きるためのヒントをご紹介。そろそろ「自分らしく生きること」について考えてみませんか?

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ライフイベントも冠婚葬祭も多様化する

人生100年時代には、結婚のあり方や親子関係のあり方が変わってくることもあって、ライフイベントが多様化していくでしょう。

一般的には、誕生、就学、就職、結婚、出産、子育て、教育、引退、死などが挙げられます。

人が生きていくうえで出くわす大きな出来事です。

人生100年時代においても、こうしたライフイベント自体が大きく変わることはないでしょう。

人が生まれて、学び、働き、誰かと結婚し、子どもを育て、やがて死んでいくということは変わらないからです。

でも、これまで一回しかなかったようなイベントが何度か起こったり、順番が前後したりということはあるかもしれません。

そして何度かあるということは、一度にかけるお金や思いが分散して行く可能性も否めません。

いや、誕生や結婚に対する喜びが分散するという意味ではなく、あまりにそこにすべてを投入するということはなくなるのではないかということです。

つまり、祝い方やお金の使い方が変わってくるように思うのです。

一生に一回ならどんな無理をしてでも盛大に祝おうと考えたり、教育が典型ですが、後先のことを考えずに子どもの学歴のためにすべてを犠牲にするということもあり得ます。

でも、そんなことをしても、子どもがはたしていい大学を出ただけで成功するとも限りませんし、一生親の面倒を見てくれるかどうかもわかりません。

だから何度もあることを想定して、分散型の投資をしていくことが求められるようになると思うのです。

その点ではお祝いはそこそこにしておいたほうが賢明でしょう。

それに伴って冠婚葬祭のあり方も変わってくるはずです。

人生100年時代の冠婚葬祭は、これまで以上に多様化していくのではないかと思います。

まず結婚式。

これまでは人生たった一度の一大イベントでしたから、盛大に祝ってきました。

特に日本はそうです。

親が財産をはたいたり借金してまでも盛大な結婚式を催してきたのです。

でも、何度かあるかもと思うと、そこまでする必要はなくなります。

繰り返しますが、だからといって気持ちが薄れるということでは決してありません。

結婚は素晴らしいものですから、心の底からみんなで祝えばいいのです。

でも、それとお金をかけるかどうかは別問題です。

本人たちをはじめ、家族や仲間たちが幸せな気持ちを確認できればそれでいいのです。

大きなホテルでたくさんの人を集めて豪勢な食事をする紋切り型のやり方ではなく、もっとアイデアと愛情に満ちあふれた自分たちだけの結婚式をプロデュースするようになってくるのではないでしょうか。

還暦や喜寿といった長寿を祝うイベントも、別にそれを長寿として祝うのではなく、節目節目でもっと早くからやっていけばいいのです。

たとえば10年ごとでもいいじゃないですか。

そうすれば、60歳イコール引退といったイメージは払拭できます。

喜寿なんていうと、いかにも後期高齢者と重なって、マイナスのイメージが増幅します。

本来は長寿の喜びを意味する言葉ですが、悲しさがただよってくるのは私だけでしょうか。

本当に長寿を祝うのは、100歳をすぎてからで十分です。

なぜなら人生100年時代は、基本的にはみな100年生きるということになっているのですから。

人生100年を楽しむ知恵として、アニバーサリーを増やすのはいいと思います。

でも、それと長寿の祝いとを形式的に結びつけるのはあまり賢いやり方には思えないのです。

その意味で、お葬式や法事も大きく変えたほうがいいでしょう。

長寿をまっとうした場合のお葬式は、決して哀しむのではなく、偉業をたたえるようなものにしたほうがいいでしょう。

ある意味で、楽しいものにしたほうが、本人も周囲もうれしいと思うのです。

少なくとも私ならそうしてほしいです。

涙よりも笑顔が見たいですから。

そもそもお葬式がいるかどうかも問題です。

すでにお葬式は簡略化される方向にありますが、それこそ近親者だけのシンプルな葬儀や、散骨などを望む人も増えています。

それぞれの生き方に応じて、それぞれが望む方法で見送ってもらう。

そのほうが本人にとって幸せなのなら、何も決まった形にこだわる必要はないと思うのです。

法事はその最たるものです。

法事の本質は、死の悲しみを忘れ、心を整理していくための儀式です。

その意味では、本当に心の整理ができるようなやり方にすべきです。

今の法事はどうもそうなっているようには思えません。

一斉に同じ時期に集まって、準備するほうも参列するほうも、ばたばたと慌ただしく時間をすごすだけのものでは、あまり意味がないように思うのです。

もちろん敬虔な仏教徒で、法事の形式を重視する場合は別でしょうが、日本の場合、葬儀は仏式が多く、仏教自体が葬式仏教と揶揄されるような状況になってしまっているので、それなら何もあの方式にこだわる必要はないのではないかと思うのです。

日本の場合、伝統を重んじる国ですし、そういう風土があるから仕方ないのですが、それでもせっかく人生100年時代という新しい時代を迎えるわけです。

ならば、これを機に今までなんの疑問も持たずに続けてきたことは、一度だいたんに見直してみてもいいように思うのです。

そのためには、哲学がはたす役割は大きいといえます。

そもそも人生とは何か、そもそも結婚とは何か、そもそも法事とは何かといった本質にさかのぼることで、これから求められるそれぞれの物事のあり方を考え直していく。

そういう作業が必要であるように思います。

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117-H1.jpg哲学者が語る20の人生訓や新時代への考え方など、人生を豊かにしてくれる言葉が全5章にわたってつづられています

 

小川仁志(おがわ・ひとし)
1970年京都府生まれ。哲学者・山口大学国際総合科学部教授。京都大学法学部卒、名古屋市立大学大学院博士後期課程修了。大学で新しいグローバル教育を牽引するかたわら、「哲学カフェ」を主宰する。NHK・Eテレ「世界の哲学者に人生相談」に指南役として出演。最近はビジネス向けの哲学研修も多く手掛けている。

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『人生100年時代の覚悟の決め方』

(小川仁志/方丈社)

現在40歳の人の平均余命は残り44年。人生もう1回分あるのが今の時代です。これまでの価値観や方法は通用しないかもしれません。時代の変化に合わせて、自分を変えて、老後や余生を自然体で生きれるように。これからの人生を準備するための一冊です。

※この記事は『人生100年時代の覚悟の決め方』(小川仁志/方丈社)からの抜粋です。

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