幼い2人の娘を母に預け、離婚交渉していた私。ある日父から「母が過労で倒れた」と連絡があり...

<この体験記を書いた人>

ペンネーム:めろんぱん
性別:女
年齢:38
プロフィール:結婚7年目の専業主婦です。

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会社の元上司と結婚した私は、結婚と同時に退職。

のちに2人の娘を授かりました。

ですが、夫のわがままや威圧的な態度に耐えきれなくなり、今から1年前に離婚を決意。

歩いて10分程のところに住んでいる両親に相談したところ、もともと夫をよく思っていなかった両親は喜んで協力すると言ってくれ、その日から私は離婚準備をはじめることにしました。

当時4歳と2歳だった娘たちを母に預けては、弁護士の友人を訪ねて有利な条件で離婚するにはどうすればいいのか、親権や養育費はどうなるのか聞いたり、離婚後自立するために就職活動を開始。

母は「応援してるよ。いつでも頼って!」と言ってくれていたのですが、そんな母も60代後半。

私はもっと母の体調を気遣うべきでした。

その日も娘2人を預け、仕事の面接にいっていた私。

面接が終わり携帯電話をみると、父から数回着信がありました。

まさか子どもたちになにかあったのかと思い、慌ててかけなおすと、父は母が急に倒れたので、救急車で病院に来たとのこと。

ただ病気ではなく過労という診断だったので、今点滴をうっている。

子どもたちも一緒に病院にいるから、迎えにきてくれとのことでした。

過労......。

母に無理をさせてしまっていた! 私のせいで!

申し訳なさと後悔、そして母は大丈夫なのかと親を慕う小さい子どものような気持ちが溢れ、泣きそうになりました。

すぐ病院に駆けつけると、父と娘たちが待合室にいました。

子どもは病室に入れないとのことで、待合室にいてくれたのです。

ひとまず子どもを預かり、父は母の病室へ。

5分後くらいに戻ってきて「気持ちよさそうに寝てたよ」と教えてくれました。

私も母の顔をひと目見たいと思い、子どもを父に預け病室へ向かいました。

ベッドの上で母はぐっすりと気持ちよさそうに寝ていました。

もともと痩せ型でしたが、加齢のため昔よりも細くなった母。

私のせいで無理をさせてしまったと涙が溢れて止まりませんでした。

その後私と娘たちは先に実家に帰り、点滴が終わった後に父も母も帰宅しました。

母をベッドに寝かせて、夜ご飯、家事などをこなしてその日は実家に泊まると、母は「ごめんね。役に立てなくて。あなたも休みなさい」と気遣い続けてくれます。

自分は無理しているのに、子どもには無限の優しさをくれる。

そんな母に感謝するとともに、私も娘にとってそんな母親にならなくてはと強く思いました。

あれから半年ほどたちました。

まだ離婚は成立していませんが、母に無理をさせないように、そして心配をかけないように心がけています。

そして無事離婚し、自立ができたら、もっと親孝行をしようと思っています。

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私の所も娘が19歳の時未婚で子供を産み育児放棄状態だった時もありました。子供を私に預けて遊びに行くことも頻繁にありほとんどの養育は私がしていました。私も仕事があり本当に大変でした。育児放棄が酷くなり私と娘が対立したことで孫が児童相談所へ行くことになってしまいました。あの時は本当に辛かったです。娘から親権を奪い、私が育てることも覚悟しました。ですが乳児院に面会に行って他の子供の事や我が子のことを見て少しずつ娘の態度も変わりました。親としてはそうやって時間がかかっても自分が辛くても最後はわかってくれたらその苦労なんて吹っ飛びますよ。お母様の過労は御心配でしたでしょうが、それを見て涙した貴女がいるのであればその御苦労も報われましたよね。親というのはそういうものです。貴女もこの先きっといい母親になられるでしょうね。雨降って地固まるとはこういう事ですね。
うちの母も私が離婚して実家に戻ると、原因不明の病気で、入院してしまいました。原因は、心労だよと思っています。 その後は、元気に孫たちに食事を作ってくれたりして、沢山ぶつかりますが、賑やかな毎日でした。そして子供達も独立しました。 これからは、自力でできないことが増えてきた両親を私がサポートする番だと思っています。 老いていき、頑固で自己中な親になってきて、悲しいばかりですが、「離婚は悲しい事だが、夫婦2人よら楽しくなってよかった」と言ってくれた言葉を忘れず、大切にしていきます。

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