「嫁の立場で文句を言うことはならん」自分の思い通りに人を動かす傲慢だった義父

<この体験記を書いた人>

ペンネーム:もしもし
性別:女
年齢:40
プロフィール:5人兄弟の3男と結婚して8年目の専業主婦です。

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先日義父が73歳で亡くなりました。同い年の義母と二人で片田舎の住宅地に暮らしていました。義父母の子どもはすべて男性、しかも5人で、その真ん中の3男と私は縁あって結婚しました。いわゆるできちゃった婚でした。当時私はフルタイム勤務のOLで、夫(当時は彼氏)とは半年ほど同棲中で、妊娠がわかったと同時に夫は結婚することを決意(妊娠がなければ今は一緒にいないかもしれません)。そして、私も一緒に義父母宅へ挨拶に行きました。

同棲の許可はもらっていたものの、私は一度も義父母に会ったことはありませんでした。緊張している私に義父は開口一番「わしらが孫の面倒を見てやるから、お前らこっちに引っ越して来なさい。あんたも仕事がずっと続けられるし、一石二鳥じゃないか」と言い放ちました。仕事を続けたいと私は言っていません。むしろ、辞めるつもりでいました。しかも仮に引っ越してしまうと、仕事場まで2時間半くらいかかる距離になってしまいます。子どもは夫と2人で育てたい思っていて、義父母の手を借りるつもりは全くありませんでした。(え~? ちょっと待って、なんで義父母の家の近所に住まないといけないの?)と思いましたが、その場で「嫌です」とはとても言えない義父の威圧的な空気があったので、私は黙り込んでしまいました。子育てを2人でしようと言ってくれていたはずの夫は「そうやなあ。それがいいなあ、親父もお袋も子どもの面倒見るの、うまいからな」と突然その場で義父母に調子を合わせ始めたのです。

その日は帰宅後、夫と喧嘩です。夫は完全に義父母の味方になっていました。

実は同時期、私の父が体調を崩して母が1人看病をしていました。ですが、母は身体が弱いので、引っ越すなら私の実家の近くの方がありがたいと伝えたら、夫は「結婚するって夫側の指示に従うことじゃないの?」と。傲慢なのは親子譲りか?とも思いましたが、子どももできたことだし今更別れることもできません。しばらくお互い引っ越しの話を避ける毎日が続きました。

そして結論が出ないまま妊娠8カ月を迎えたある日のこと。義父から突然、電話がありました。「わしらの家の近くにちょうど良い物件が出たから、明日一緒に見に行くぞ」と。大きくなったお腹を抱えながら渋々ついて行くと築30年は経っている格安の中古物件。ただどの部屋も小さめなので狭く感じてしまい、その家に住むことが全く想像できませんでした。しかし、義父は「ここに決めなさい。うちからも近いから便利なはずだ」と私に返事を促してきました。職場と自宅との距離が遠く子育てしながら通えないこと、病気の父を看病する母の手伝いをしたいので自分の実家の近くに行きたいことなどを意を決して話しました。

ですが「嫁の立場で文句を言うことはならん」と一喝されてしまいました。義母と夫も「わがままばかり言っているのわかってる? 妻としての立場もをわかっていないね」と非難轟々。結局は義父母の決めた家への引っ越しを余儀なくされてしまいました。

さらに、「○○(夫)の兄弟も、みなこの近辺に住んでいるのだ。どの子も嫁の立場をわきまえて、おとなしくこちらに引っ越してきている。わしの言うことに反対したのはお前だけだ。気分が悪い」と言われてしまい、驚愕するとともに、親族郎党みな近所に住んでいることを黙っていたことにも愕然。相当落ち込みました。

しかし8年たち、つい先日その義父は他界しました。最後は介護が必要になった義父でしたが、申し訳ないけれど私は1度もお手伝いには行きませんでした。

私より「優秀」な4人のお嫁さん方がとってもとってもがんばってくれていたので。

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