<この体験記を書いた人>
ペンネーム:kame
性別:女
年齢:51
プロフィール:職業WEBライター、2人の孫のおばあちゃんです。家族は大変、でもとっても面白いです。
私の父を一言で表すなら「傍若無人」。それはまるでヒーロー漫画の悪役。ワーッハッハッハとは笑いませんが、それを彷彿とさせるくらいに自分勝手な人です。もちろん良いところもあるのですが。
対して夫。目にしたトラブルをほっとけない人。スーパーヒーローは大げさですが、少なくとも家族や友人からはとっても頼りにされています。
この二人がある日バトルを展開。その顛末を紹介します。
父の傍若無人ぶりは昔からずっと。父が若くそれなりに力を持っているときには、自分の力で傍若無人にふるまっていました。
しかし、年齢を重ね年金暮らしが始まったあたりから、どうしても力は弱まっていきます。体力的にも経済的にも。そうすると徐々に振る舞いはおさまるのかな?なんて期待していたら、なんとその「つけ」を周囲にばらまくようになっていったのです。
たとえば、年末年始の物入りの時期を前に、毎日のように電話がかかってくるように。昨年はおせちを安いお店で買ったからおいしくなかったとか、孫たちにお年玉をあげたいけど年金ではなかなか難しいとか......。
つまりこれ、お金頂戴って催促なのです。さすがに直球では言えないので、周りくどい言い方をするのです。しかも、孫たちにお年玉なんて渡してません。セコいでしょ。
それだけなら適当にあしらえばいいのですが、この催促に応じなければ、応じるまで毎日電話がかかってくる、泣き脅し、母に嫌味を言い続けて母を困らせるなどの作戦にでてきます。
このパターンは昔からずっと。なので応じるしかなかったのです。経済的に厳しいときにも、「お金で平和が買えるなら」と、ほかを節約してでもついつい渡していました。
そんな関係はエスカレートし、父の要求は日に日に強くなっていきました。だんだん断ることが増えると、父からの電話の回数も増えていきます。
そんな日々のつらさを隠して気丈に振舞う母の笑顔を見ると心が痛みます。
そんな私の様子を見ていた夫が突然「行こう」と、私の手を引いて実家に向かいました。
いざ実家に行くと、待ち構えている父の姿と、困惑している母の顔が見えました。もう、後に引けないと覚悟して話し合いのテーブルに着くことに。
すると夫と父の短い会話のスタートです。夫はにっこり笑顔で席に着くなりこう切り出しました。
夫:電話やめてもらえませんか?(ド直球)
父:自分の娘と話しているだけ(すっとぼけた感じ)
夫:私がお相手します(威嚇)
父:自分の娘と話して何が悪い?(ビビりつつ平静を装う)
夫:お父さん、忘れないでほしいことが1つあります。私の妻でもあります。妻の悲しむ姿は見たくないのでやめてくださいね(許さんぞオーラ全開)
父:......(ハトが豆鉄砲)
夫:それと、お母さんは妻の大切なお母さんです。泣かすようなことはやめてくださいね(にっこり笑顔⇒逆に怖い)
父:......(マジか?)
最後に夫は「お父さんもお母さんも聞いてください。困ったことがあったら私が相談に乗りますので、私に電話くださいね」
こう告げ、名刺に携帯番号を書いて、それぞれに渡して帰りました。
それ以降父からの電話はピタッと止まりました。
母にその後の様子を聞いたところ、「あいつは大嫌いだ!」と父の矛先は夫に向かったそうです。そのおかげで母に怒りが向けられることもなく、私を案じる必要もなくなったのでほっとしていると聞かされました。
何より、母はこの出来事が爽快だったらしく、思い出すたびに一人で笑っているのだそうです。
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