<この体験記を書いた人>
ペンネーム:ぴあにっしも
性別:女
年齢:55
プロフィール:子育てが終わったとたん介護生活が始まるという、我が人生に休憩なしの昭和ど真ん中世代。
「お母さんの作った遺言書の控えを見つけた。上の家に関してはお父さんは3人で分けるって言っていたのに、〇〇(夫の弟)が1人で相続することになってたよ」
認知症で要介護3だった義母に次第に手がかかるようになり、直接お世話をしていた義弟や私の負担が少しでも軽くなるよう、義母の介護サービスを増やすため夫が実家で義母の貯蓄などを調べていたときのことでした。義母が信託銀行に依頼していた遺言書の控えが出てきて、夫は開いてしまったのでした。
亡き義父は収入のある職についていましたから、それなりに財産がありました。生前には「財産を残しておくからお母さんの面倒を見てやってくれ」と常々言っており、その為の遺言書も残していました。
義父が残した預貯金や株がどのくらいあるのか私には全くわかりませんが、土地は親から譲り受けた土地と自分で購入して家を建てた土地の2つを所有していました。譲り受けた土地は下町にあるので「下の家」、そしてその近くに買った土地は高台にあるので「上の家」そう呼んでいました。
夫は4人兄弟の長男。義父は長男である夫には自分たちの近くに住まわせたかったので、生前、下の家の土地は夫に譲り上の家の土地は残りの3人で分けると言っていたのです。義父が亡くなったあと、義父の遺言書どおりに下の家の土地は夫が相続し、それ以外の財産すべては義母に残されました。
実を言うと、夫が相続した下の家は地主と住民との間に私道の件でトラブルを抱えた、いわく付きの土地。それに対して上の家は新規開発の分譲地で、バブル時は一坪200万近くの値がついたところです。下の家がほぼ60坪で、上の家がほぼ80坪。上の家を3人で分けるのなら、自分がトラブル付きの土地でも天秤が釣り合うと夫は感じていのたのかもしれません。
この新たに出てきた遺言書を見た夫は言いました。
「まあ、ほかの兄弟がそれでいいなら、僕は別にいいけどね」
「別にいいけど」と夫が言うときは、たいてい本心では「よくない」「納得がいかない」と思っていることが多いのです。
後から聞くと、開いた瞬間「上の家」の箇所が一番に目に入り、頭が真っ白になったそうです。
夫は小さい頃から何でもそつなくこなせたために、ほかの兄弟のようにエレクトーンだとか絵画教室だとかの習い事をさせてもらっていませんでした。義母にしてみれば、うまくできない兄弟をなんとかしなくてはという思いがあったようでしたが、夫にしてみればこの年になっても不公平な思いが残っていると言います。
義母はおおざっぱな性格で、自分で調べたり深く考えたりしない人。遺言書作成も銀行員の助言に従ったのじゃないかと思います。もしかすると、義弟が自分の面倒を見ると言って帰ってきてくれたのも嬉しかったのかもしれません。
「実家の財産は両親が築き上げたもの。お母さんが好きにするので構わない」
とはいうものの、夫としては割り切れない思いが残ったのでしょう。退職して時間ができた今も、義母の世話はほとんどしてくれません。
義母は昨年から要介護5の寝たきりです。6年くらい前から認知症ですから、遺言書を作成したときの話などは全くできません。せめて遺言書に「こういう思いでこのようにした」という記載があればよいのにと思います。
遺言書は開けてはいけないパンドラの箱? 嫁としては、災いが飛び出ないことを祈るばかりです。
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