欧米では、遺言書作成を含めた【相続に対する準備】というのは当たり前になっています。しかし、日本では相続に対する関心が高まってはいるものの、まだまだ親と面と向かって話すことはハードルが高いのが現状です。
そんな相続の現場で起きていること、考えなければならないことを、相続、遺言、家族信託支援を専門にする司法書士・青木郷が、実際に事務所で経験した事例も交えながら、全13回にわたって解説していきます。
第9回目の今回は、正月の恒例行事にしたい「遺言書発表会」についてご紹介します。
第8回目の記事はこちら→「独りよがりの遺言書にしないための「請願」とは?」
「俺はボケない、死なない」と思っている親世代の意識が相続対策を遅らせている
「相続」というと、どうしてもマイナスのイメージが付きまとい、家族間で話しにくいものです。
テレビ番組やインターネットで流れる相続に関する情報が、「税金」や「争続(あらそうぞく)」にまつわるものが多いのも、その要因になっているかもしれません。
また60、70代の方では「自分は絶対にボケない」、もっというと「自分は死なない」と本気で思っている方までいらっしゃいます。このように思っている人の子どもとしては、親に対して相続の話を切り出そうもんなら、「お前は、俺に死ねと言っているのか!」と怒られ、それ以降関係が悪化するという事態にもなりかねません。親側にそのような意識があるため、なかなか相続に対する対策が進まないケースも往々にして存在します。
「遺言書発表会」を正月の恒例行事にした家族の話
相続というマイナスイメージなものを、あえてお正月というおめでたい日の恒例行事に組み込んだご家族がいらっしゃいました。
その家ではお正月が近づいてくると、子ども達は期待と不安で少しソワソワしてきます。それは、お正月に父親が行う恒例行事「今年の遺言書大発表会」というイベントのためです。
「今年の遺言書大発表会」では、昨年1年間で、それぞれ子ども達が、どのように自分の家族や親に対して関わってきたか、また社会に対してどのような活動をしてきたかを考慮して作成された「その年の父親の遺言書」が発表されます。
たとえば、「長男は昨年1年間で、孫を連れて実家に来た回数が何回で、子どもたちの中では最も多かった、一族のイベントの幹事を務めた、兄弟間で起きた喧嘩の仲裁役を行った等貢献度が高かったため、今年の遺言書では相続させる財産をこれとこれとこれにする。二男と長女については、昨年は些細なことで喧嘩し、さらにいい大人が長期間にわたって口もきかず、長男の仲裁が入るまで関係の修復をしなかった。よって今年の遺言書では相続させる財産を減少させ、これのみとする。」
このように毎年お正月に、その年の遺言書を読み上げ、各子ども達に相続させる財産、なぜ、そのような遺言書にしたのかを発表。さらに子ども達に、今年1年間の抱負と相続に対する希望を発表させるというイベントを行っていました。
重要なことは「情報の共有」と「コミュニケーション」
このお父さんとお話をしたときにおっしゃっていたのが
「遺言書を発表することが大事なのではない。子ども達に財産の分け方をエサに関わらせようとしているわけでもない。この遺言書は、毎年12月30日に丸1日かけて顧問弁護士と一緒に書いている。書くにあたり、その1年間、子ども達とはかなり密にコミュニケーションを取る。また、各家族で起きたこと、兄弟間で起きたこと、自分達に起きたこと、これらの情報はなるべく共有するようにしている。そうやって1年間、子ども達やその家族とたくさん関わるようにしている。離れて暮らす子ども達とは、こちらから積極的に関わりを持つようにしないと希薄になってしまうから、この関わりを持とうとすることが大事だと思っている。そうした関わりの総まとめとして、毎年遺言書を書くようにしている。」
話しにくいことをイベントにしてしまう。そしてそのイベントに向けてたくさんのコミュニケーションを取っていく。そうして作られた家族としての関係をもとに遺言書という法的な書類を作成していく。
こんな相続対策の仕方があってもいいのではないでしょうか。
青木郷(あおき・ごう)
司法書士・行政書士・家族信託専門士・家族信託コーディネーター。開業当初より、相続、遺言、家族信託に特化した業務展開を行ってきており家族信託組成支援を含む相続・承継の支援を行った家族は300世帯を超える。複雑で難解な相続手続きを明快に整理したうえで支援、またそのご家族に合った相続・承継対策を一緒に作り上げている。遺言書作成や家族信託組成支援については、お客様の希望や想いを丁寧にヒアリングしたうえで、税理士、不動産コンサルタント等と連携して支援を行っている。共著に『ファイナンシャルプランナーのための相続⼊⾨』(近代セールス社)、執筆・監修に『わかさ11⽉号 保存版別冊付録【⽼い⽀度⼿帳】』(わかさ出版)がある。