本当にその日が来たら、きっと...。「早く死にたいよ」という母に伝えた「正直な気持ち」/あぽり

こんにちは!4人家族のあぽりです。

要介護1で一人暮らしをしている母を通いで介護しています。

前回、コロナで8㎏も太った母のことを書きました。

前回の記事:は、8kgも太ったの⁉ 体型が丸くなった高齢の母が欲しがる「意外なもの」

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「死にたい」が口癖みたいになってきました。

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私はいつも話半分に聞いています。

死にたい。

早く父の所へ行きたい。

自分は邪魔に思われている。

もうこれは、払拭出来ないのだろうと思います。

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だけどこの日は少し違っていて。

自分が「死にたい」じゃなくて、私が「死んでほしい」と思ってると。

だから私も本音を言う事にした!

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22歳で家を出た私は、その後、色々と家庭の事情もあり、親とは疎遠な生活を送っていました。

親なんていらないと思っていた私は、もしもあの時に母が亡くなっていたら悲しまなかったと思う。

そういう想像をした事もあるのだけど、感情は「無」であった。

薄情だと思われようと、その時の正直な気持ち。

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母が天へ召される日は必ず来る。

何をしても必ず来る。

今また、その日の事を想像するのだけど、想像するだけで涙が出てくるのだ。

想像しているだけなのに、胸が締めつけられて涙が溢れてくる。

それほどまでに、深く関わってしまった。

たぶん、本当にその日が来たら、私は声を出して立ち直れないくらいに泣くのだと思う。

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母の瞳が少しだけ潤んだ。

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子供の時から母の介護が始まるまで、私達の関係は希薄なもので、母娘仲良しの人がとっても羨ましかった。

どうして若い時に、もっとうまくやれなかったのだろう。

一緒に旅行に行ったり、ランチを食べたり、お茶を飲みながらおしゃべりしたかったよ。

唯一のそばにいる同性の味方であるはずなのに、敵同士だったね。

何も叶えられなかった過去の私達。

こんなに年を取ってしまったけれど、今、母娘関係をやり直しているのかもしれない。

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死んだら泣くと言った私に、母はとても嬉しそうな顔をしたのですが、それでもまたしばらくすると「死にたい」って言います。

死にたい死にたいと言っていいから、心臓が止まるその日まで、しっかりと生きていて欲しいと思います。

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あぽり

50代の日常を楽しい絵日記で綴っているブログ「絵日記でございます。」を運営。ライブドア公式ブロガー。夫と、大学生の息子と、高校生の娘の4人家族です。

※ 毎日が発見ネットの体験記は、すべて個人の体験に基づいているものです。

あぽりさんのブログ:絵日記でございます。

コメント一覧

「死んだら悲しい…?」「とっても」という話ができたあぽりさんが羨ましいです。 私の母はもういません… もう何年もたっていますが…私もその一言を母に言ってあげられなかった事が後悔の一言です。 感謝してると言ってあげたかったなぁー と、重くてすみません
私は5年前に母を介護の末に見送りました. 仲が良かったのか悪かったのか... きっと母は一人娘の私をとても愛していたと思います. でも 私はどうだったかというと... そんな母を疎ましく思ったりしていて でもね 最期のとき 母は私の腕の中で『ありがとう』と言って天に召されました. 私は母を抱いたまま号泣. 泣いても泣いても涙が枯れることはなく 心の底から悲しくて愛おしくてありがたくて. お母さんて そんな存在なのですね. あぽりさん 心ゆくまでお母様と大事な時を過ごしてください.
いつも読ませて頂いています。 全く同感!です。 私は母にかなり厳しく育てられ母が怖くて仕方ありませんでした…そして母80代、私50代という今も。 でも母が大病をしてからでしょうか?20代だった私ですが数年間、全面的に介護?看病?した頃から関係が変わりました。そして、あぽりさんと同じく母がこの世からいなくなると思うと涙が出てきます。ブルーになります。 私にも高校生の娘がいますが、昔…母にやってもらえなかったこと、やって欲しかったことを今私は娘にしています。甘々の親で娘にとってはもしかしたらよくないのかもしれませんが…笑 でもいつ親娘の別れがくるかもしれないので悔いのないようにと思い生きています。
今、正に母と上手くいっていない、あぽりさんと同年代のモノです。あぽりさんとお母さまの今の関係をとても羨ましく思いました。 いつか私もあぽりさんのように母と母娘関係をやり直せたらいいなぁと思いました。
これからです!色んな会話して下さい。悔いのない様に!私の母は20年前から鬱になり会話が出来ませんでした。後悔だけが残ります今年初めになくなりました、1人で行ってしまいました。誰も看取ることができずに。
まさに今その日が来たらと思い知らされてます。介護に疲れ、その日が来てもいいと思ってしまう事もあります。それでもまだ一緒にいられるので、その日が来るまでお互い笑っていられるようにしたいです。
私が中学生の時私の祖母がやはり毎日死にたいと言っていました。 いま私は海外に在住し、自分の母とは心は繋がっているとは思いますけど自分の家族の事で精一杯で母の事は後回しになってしまいます。今はひとりで健康に暮らしてくれている彼女ですが、いずれ私の母も介護が必要となると思います。その時海外からどうやって助けに行くのか計画もなく不安です。  素直にお母様に「今逝ってしまったら私が泣く」と伝えたあぽりさんは素晴らしいです。
アポリさん とっても 正直な気持ちを絵日記にしてくださってありがとうございます
泣けちゃう(T ^ T)
家庭や社会に必要とされないことって想像以上に寂しさを感じるようで…介護をしていたとき、早く死にたいと言う方はやはり多かったですね
あぽりさん、私が小学校1年のときに母親が出て行きました。 父親とおばあちゃんに育てらて、 母親は遊びたくて出ていったと聞きました。 そんな事もありましたが、今は母親になり、2人の子供もいてます。母親ってどんな存在ですか? 私は、どんな母親でもそばにいて笑ったり、喧嘩したり一緒にその時を過ごしたかったです。
あぽりさん、優しいです。 私には真似出来ません。
いつもありがとうございます。 母の年齢を超えてしまいました。 「死んだら悲しい・・?」「とっても」 33年経った今でも悲しい。 難しい時があるかもしれないけれど 一緒にお過ごしになられる時間を、少しでも長く持たれてくださいね。
ずっと母と上手くいかない三十代の者です。あぽりさんは過去を水に流して優しくお母様に接しておられて素晴らしいと思いました。翻って自分は、後から後悔するかもしれないと思いながらも、もう関係修復は諦めました。私も傷つきましたが母も傷ついていると思います。母には母の人生を、私は私の人生を生きます。あぽりさんの包容力、優しさ、全てが本当に素晴らしく思いました。

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