<この体験記を書いた人>
ペンネーム:さぁちゃん
性別:女
年齢:61
プロフィール:60代の主婦です。現在、アルツハイマー病の実母の介護中をしています。
今年61歳になる私には、86歳の実母がいます。
私は30代の頃に同じ職場に勤めていた方と結婚し、今は実家のある地元からは車で一時間くらい走ったところにある隣の市に住んでいます。
実父は私が50代の頃に病気で他界しました。
それから母は長らく実家で一人暮らしをしていました。
しかし三年前に母がアルツハイマー病になってしまい、それが徐々に進行して、とうとう昨年、施設に入ることになりました。
母は病気知らずの元気な人で、今も足腰はしっかりしているので、施設の中庭を散歩していたり過ごしています。
毎日適度な運動も出来ているためか、食事もしっかりとることができます。
ですが......
もう母は、私が誰なのかわかりません。
先日も好物のプリンを差し入れたところ「どこのどなたかわかりませんが、一緒に食べしませんか?」と私に隣の席の椅子を引いてくれ、差し入れたプリンを私に分けてくれました。
ニコニコとプラスチックのスプーンを手渡してくれる母は、昔のままでした。
15年前、父を亡くした頃、実家で泣いていた私に母は「プリンでも食べよう」と同じようにスプーンを手渡してくれました。
当時、父を亡くして一番悲しいのは母のはずなのに。
「お父さんもアンタが泣いとったら安心して向こう行かれへんのやから、これ食べて元気出して大丈夫や言うてあげよ」
泣いている私を励ますように、ニコニコと優しく笑いながら自分のプリンを食べてました。
シワはだいぶ増えましたが、プラスチックのスプーンでプリンをすくって食べる様子がその時の母そのもので......。
私は嬉しいのか、悲しいのか、わらかないままその横顔を見ながら涙を流していました。
他にも思い起こせば、母は事あるごとにプリンを『一緒に食べよう』と私に声をかけてくれていました。
本当は自分が食べたかっただけな時もあったのだろうなと思います。
いつだったかそれを指摘すると舌をペロッと出して「お父さんには内緒な」とちょっと高い値段のプリンを買っていたこともあったような気がします。
でも母は決して一人でこっそり食べたりはしませんでした。
いつだって私の名前を呼んで、隣に座って、スプーンを手渡してくれて『一緒に食べよう』と言ってくれていたのです。
ちょっと天然で、楽しい母。
今も、好物のプリンを無邪気に頬張る母が私は大好きです。
もっともっともっと長生きして欲しいです。
そして、出来ることならもう一度、私の名前を呼んでくれないかと、そう願いながら今日も差し入れに行くのです。
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