「こんな父ちゃんでゴメンな」。娘の赤ちゃんを前に、20年前に別れた夫は声を上げて泣いた

<この体験記を書いた人>

ペンネーム:misa
性別:女
年齢:54
プロフィール:元夫とは20年前に離婚。一人娘(28)は去年結婚し、今年出産しました。私自身は現在一人暮らしをしています。

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娘(28歳)は去年結婚し、夫婦で私の自宅から車で30分ほどの市街地に住んでいます。

私は20年前、娘が小学3年生のときに離婚しており現在は一人暮らし。離婚の原因は元夫が結婚、出産後も転職を繰り返していたことでした。
私も家計のためにパートと家事と子育てに追われながら就職活動をしましたが、なかなか働き口が見つからず、ストレスが溜まった末に喧嘩が絶えなくなり、無責任な元夫に嫌気がさして離婚を選択したのです。
親権は私が持ち、娘を連れて家を出てアパート暮らし。それから元夫とは、娘の節目の日に写真つきメールで報告をするのみしか接点がありませんでした。

一人で子どもを育てていくというプレッシャーと戦っていた私には、ストレスのはけ口がありませんでした。

家庭を持っても責任感のない元夫への恨みがおさまらず、娘には離婚後も「お父さんは家族のことを全然考えてなかった」、「あんな自己中心的な人と離れて本当によかった」と愚痴を吐いていました。娘もそれを聞いていた当時は「お父さんはお母さんを不幸にした悪い人なんだ」と思っていたそうです。

その後、娘が結婚し、妊娠して安定期に入った頃、私は少し嫌々ながらも元夫に娘が出産を控えていることをメールで伝えました。すると、いつもは返事をよこさない元夫から、「今更こんなお願いをする身分ではないけれど、娘とその子どもに一目でいいから会いたい」と連絡が来ました。

私は断固拒否したかったのですが、娘にとってはたった一人の父親......。娘の意思を尊重したいという思いから本人に話してみると、驚いた娘は少し考えた後「いいよ。私もお父さんに会いたいな」と。

それから4カ月後に娘は無事出産。産後4日目に元夫が病院を訪ねてきました。

20年ぶりの再会......。正直、娘の出産を待っている時よりも心臓がドキドキしました。

ゆっくりと病室に入ってきた元夫の姿は、20年前よりも一回り小さくなって、すっかりおじさん、というよりおじいさんに近いくらいになっていました。それだけの月日が経っているので当然のことなのですが、なんだか切なくなりました。

いざ顔を合わせるとお互い緊張は和らぎ、私も自然と「こっち、こっち!」と孫のいるベッドを指さしていました。

元夫は赤ちゃんの顔をそーっと覗き込み、目が合った瞬間、満面の笑みを浮かべました。それにつられて私も娘も思わず笑顔に。
すると次の瞬間、「可愛いなぁ。ちっちゃいなぁ。○○(娘)が産まれたときとおんなじ顔だ」そんなことを言いながら、にこにこと笑っていたはずの元夫の目から涙がこぼれ、だんだんと声を上げて泣きはじめたのです。

突然の涙に私も娘も驚きました。

娘は「お父さん、大丈夫? どうしたの?」と気遣い、私も無意識に彼の背中をさすってあげていました。
元夫はひとしきり泣いた後「よかった......無事に生まれてよかった......おめでとう......こんな父ちゃんでごめんな」と私たちに詫び、娘も涙を流して「お父さん、いいんだよ。会いに来てくれてありがとう。赤ちゃん、抱っこしてあげて」と言って孫を抱かせました。

孫を抱く元夫と、それを嬉しそうに眺める娘。そんな3人の姿を見て、無責任で冷たい人だと思っていた元夫への恨みが軽くなり、それと同時に離婚してから娘の前でこの人のことを悪く言い続けたことへの後悔の気持ちが芽生えました。

娘にとってはたった一人の父親なのに私のせいで恨みを抱えさせてしまい、幼い心の奥でさぞ傷ついていたことでしょう。娘と孫が自分のしてきたことを省みるきっかけを与えてくれたのだと思います。

娘もこれを機会に、帰省の際は私だけでなく元夫のところにも足を運びたいと思っているそうです。彼女ももう立派な大人。彼女の意思を尊重しようと考えていますし、それが私にできる最大限の償いです。

健康法や医療制度、介護制度、金融制度等を参考にされる場合は、必ず事前に公的機関による最新の情報をご確認ください。
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