<この体験記を書いた人>
ペンネーム:ひろし
性別:男
年齢:56
プロフィール:役場で事務職をしている56歳の男性です。同僚の紹介で知り合った見合い結婚の妻は農家の跡取り娘でした。
なかなか年頃の女性と知り合う機会もなく過ごしていた職場で、同僚の奥さんの友達だった妻(54)を紹介してもらったのはありがたいことでした。
幸いお互いに気に入って、とんとん拍子に話は進み、妻の実家に挨拶に行くことになりました。
農家の長女と聞いていたので、とうとう兼業農家の仲間入りか、と覚悟していました。
「農家のお仕事は大変そうですね、及ばずながら頑張りますよ」と、ゴマすり半分で申し出ると、「いやあ、農業したことのない人に来られてもねえ、教えるだけでもひと手間だよ」と一蹴されてしまいました。
内心ほっとしていたのを覚えています。
夫婦生活も20年を超え、子どもたちもすっかり手がかからなくなりました。
そんな盆の里帰りの時のことです。
80歳を迎えた義父が、晩酌を共にしてすっかり心地よくなった頃に、「子どもらも大きくなって一安心だな。ひろし君にもそろそろ仕事を覚えてもらわないとなあ」と言い出しました。
何のことかわからず「仕事って?」と聞き返すと「おいおい、おとぼけは困るよ。トラクターぐらいは動かせるんだろ?」。
目が点になりました。
今になっていったい何を、と言いたいところをぐっと抑えてやんわりと「いやあ、急に跡継ぎみたいなことを言われても......」と切り返すと、義父は急に激高し始めました。
「なんだと! じゃあ、ひろし君は、先祖伝来の田んぼをどうする気なんだ? 農家の跡取り娘を嫁にもらった以上、覚悟はしてたんだろ?」
妻には弟(50)もいるのですが、家を離れてすっかり音沙汰ない暮らしをしています。
「自分の代で終わりにするつもりだったくせに、いざとなったら惜しくなったんでしょ? ほっとけば忘れるわよ、きっと」と妻は高をくくった様子で相手にもしていません。
翌朝になって義父に会うと、「いやあ、夕べはちょっと飲みすぎたかな......」と低姿勢なので、酒の上かと思ったら「......で、秋の稲刈りは付き合ってくれるね」と念を押された格好に。
結婚当初は覚悟していたことですが、さすがに60近くになって新たにいろいろ覚えるとなると荷が重いです。
「田んぼなんて稼ぎになりゃしないわよ、きっぱりやめられるように気を持たせないようにしてね」と妻には釘を刺されましたが、その日の夜には稲刈りの期日について義父から電話が入りました。
「10月中にはやりたいんだよ。土日なら役場は大丈夫だろ?」やる気満々の義父の声に、やりません、とは言えませんでした。
職場では同じような身の上の同僚もいるので相談してみました。
「うん、少しは家計の足しになるかと思って引き受けてはいるけど......はっきり言ってきついばっかりでほとんど収入にはならないよ」とのこと。
「じゃあ、やめれば?」と言うと「そりゃ無理だ! ひとたび始めちゃえば、いろいろしがらみも出てくるし、何より親父が生きているうちは口もきいてもらえなくなるよ」と肩をすくめます。
とうとう稲刈りの日、断り切れず作業に赴きました。
妻には「やめてって言ってるのに、面倒の種が増えちゃったわ」とぼやかれ、義父には「覚えが悪いなあ、もっと若いうちに手伝っとけば楽だったのにな......」と嫌味を言われ、散々です。
帰り際には「ま、最初はこんなもんだ......少しずつ覚えればいい。来年は苗作りから、よろしくな」と肩をたたかれ、いよいよ気が重くなりました。
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