ついに訪れた近距離介護の限界...。和やかに過ごした最後の夜と、バスであふれ出た涙/石塚ワカメ

みなさまこんにちは。アルツハイマー型認知症を発症した実母の近距離介護を行っている石塚ワカメです。

前回の記事:保育園で友だちを噛んだ!? 無理を続けた介護のひずみが息子に...

息子のお友だちへの暴行により、実母の近距離介護の限界値を見出した私。

ケアマネージャーさん変更の手配はしているけど、まだ手続き前だったので、現行のイケメンケアマネージャーさんに連絡をしました。

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ここ最近の徘徊があまりにも激しく、ついに近距離介護の限界を迎えてしまったこと、早急に実母を施設に入れたい、という旨を伝えたところ、ソッコーで翌日から利用できるショートステイにアポイントをとってきてくれました。
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ショートステイはどこも空きがなく、早めに予約をしないとならないのですが、まだ新設したばかりの施設で固定の利用者が少ないため、今回のような事態でも受け入れてもらえたようです。

ただし今回はいろんな審査すっとばしての緊急利用ということで、何か問題行動があった場合は即退所してもらう可能性があること、通常よりも少し料金が加算されることを承諾のうえで、という条件もありました。

利用料金は我が家の場合で1泊10,000円ほど...(要介護度や減額認定にも異なります)。

認知症なだけでまだまだ足腰が元気な実母の介護の見通しがつかず、なるべく介護にかかるお金を節約してきた私でしたが、このときはもう「とりあえず今のこの辛い状況から抜け出せるのなら、なんでもいいし、幾らでも払う!!」という気持ちになっていました。

今後は、ひとまず今のショートステイにいれるだけいて、介護老人保健施の入所手続きを待ち、その後は介護老人保健施にいれるだけいてグループホームの空きを待つ、という流れになりそうです。

ぜんぜん実感がないけど、長いようで短かった1年間の近距離介護生活も、ついに明日で終わる。ぜんぜん実感がないけど...。

その夜は、実母の好きなおかずをたくさん作りました。

実母は認知症になってから自分の好きなおかずを際限なく食べるようになったため、普段は個別にわけていましたが、この日はドーンと大皿に盛って、おかわりし放題!

誰が誰のおかずをとったと目くじら立てることもなく、みんなお腹いっぱいになるまで好きなものを食べました。

食後に食器を洗うのはいつも、実母の役割。床や壁もピカピカに拭いてくれます。

みんなでテレビを見ながらアイスを食べて、和やかに過ごしました。

つかまり立ちするようになった娘が、実母の膝によじのぼります。

実母が生後2ヶ月の娘を床に落としてから抱っこ厳禁にしていましたが、今日はとくべつ。

実母も娘を膝に乗せて嬉しそうにしています。

その夜の実母は、会話も表情も生き生きとしていて、まるで以前の実母に戻ったかのようです。

いつもこうだったらよかったのに...。

先の見えない介護に怯えながら日々を回すことに精一杯で、ここしばらくはこんな穏やかな時間をぜんぜん過ごせていなかった。

家族が笑って過ごせるか否かは、けっきょくは主介護者である「私」の余裕によるところが大きかったのかもしれない。

実母には、明日からショートステイに入ることはあえて言いませんでした。

伝えても忘れてしまうだろうし、動揺してまた徘徊してしまうと困るからです。

息子には「実母は明日からホテルにお泊りするんだよ」と伝えたら、「まいにちあえなくなるのさみしい...」としょんぼりしていました。

翌朝、子ども達を保育園に送ったあと実母と一緒に散歩をし、バスでショートステイに送り届けました。ショートステイの施設は、できたばかりというだけあってピカピカで、高級ホテルのようです。

実母には、ショートステイ先に着いてから「今日からホテルで住み込みのバイトをすることになった」と伝えたところ大張り切り!

でも私が帰ろうとすると、一緒に帰りたがりました。「また息子たちと会いに来るから」と言って、ひとり帰路につきました。

帰りのバスでぼんやり外を眺めていると、義母からメールが...

「本当によう頑張った。実母さんも大変やけど、そのうち良くも悪くも麻痺して慣れる、保育園みたいなもんよ。とにかく自分を褒めてやりなさい。」と。

そうか、私は頑張ったのか...。

もう、夜中のサイレンや警察からの電話に飛び起きなくていいんだ。

もう、汚物のついた大量の洗濯物をしなくていいんだ。
もう、実母の食事や排泄の心配をしなくていいんだ。
でも、実母と一緒にいられなくなるのは寂しい...。

そんなことが頭のなかでぐるぐるして、バスの後部座席で、あふれ出る涙を隠しました。

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次回に続く!

介護と子育て。キャパオーバーで涙も...石塚ワカメさんの記事リストはこちら

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石塚ワカメ


70年代生まれのイラストレーター。二児を育てつつ、近距離に住む実母の介護も行う、仕事・育児・介護のトリプルハードワーカー。ブログ「ワカメ絵日記」を運営。著書に「妊娠さらし絵日記(飛鳥新社)」「毎日が育ジーザス!!(主婦の友社)」がある。

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「ワカメ絵日記」

コメント一覧

私も、今、認知症の、母親の介護で。病院の先生にはもう一人では暮らさないと言われて… 特養探してるのですが、 家族が笑って過ごせるか否かは、けっきょくは主介護者である「私」の余裕によるところが大きかったのかもしれない。 ここが、すごく突き刺さる。 でもひとりでは介護は無理だし。 と言い聞かせています。 最後の晩餐…まじ泣けます。 因みに、我が母もお仕事って言いますww
認知症のおばあちゃんを最後まで面倒を見てやっと終わったと思ったらおばあちゃんの姉が認知症になり高齢で独り身で子供もおらず身よりもなく親戚からあんたならできると押し付けられ3年、徘徊パトカー通報、排泄の失敗、毎回通っては対応する日々に疲労しかたまりません。しかもこのおばは宗教にはまり貯めたお金も何もかもつぎ込み残ってるのは借金だらけ独り身なのでお金の使い方も荒く化粧品に10万使うのも当たり前、罵られ蹴られしながらなんとか今を今をと乗り越えてここまで来ました。自分の家族8人を切り盛りしながらの介護は時間もお金もすべてにおいて窮屈で大変です ワカメさんの物語を見ると正にそれそれと言いたくなることばかりでなんとなくですが自分だけじゃないんだと孤独感が癒えます。
義理の両親と同じ敷地の中で隣に住み父親は癌で闘病し入退院して90近くで看取り、母親は痴呆が進み3年位介護して送りました! 実家から離れていたけど〜通いで介護して90才看取りましたが、介護してやりきった私は何も後悔がありません!皆優しくて楽しい思い出ばかりです〜 2人の母親は痴呆が進みましたが、私や兄や旦那やお姉さんの事はしっかり覚えていて最高の笑顔になるのでこちらもやる気が出ます!人には感謝の気持ちやそれまでの密度の高さや色々な事が大切です〜親から教えてもらった事等思い出があるならば、誰しも介護は出来るし良い人生経験になりますよ!
5年ほど前、義父に認知症の兆候が見られるようになり車で行方不明になったりスーパーでいろんな物を買ってきては部屋でカビがはえていたり…それからは本当に坂道を転げ落ちるように症状が進み、徘徊や冷蔵庫を何度も開けて生肉まで食べてしまうようになりました。夕飯の支度も、煮立った鍋にまで手を突っ込むようになり誰かが帰宅するまで調理する事が出来ませんでした。私と子どもたちは家にいる間中誰かが見ていなければならない生活に疲れ切っていました。にもかかわらず夫は病気だから仕方がないと、ありがとうでも頼むでもなく自分は仕事をしているんだからと任せきり。真剣に離婚も考えました。 特養に入所する事ができ、今は生活も落ち着いて来ましたけど、介護の3年間で夫と子どもたちの間に出来た溝は今だに埋まっていません。 周りはやっぱり家で見るのが1番だと言います。親なんだからと。 でも在宅介護で家族が壊れていく様も身をもって感じています。 もっと気をつけてあげてというまわりの一言が在宅介護をしている者にとってどれ程追い詰められる言葉なのかと言う事を分かって欲しい。在宅介護を美談にしないで欲しいです。

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