モラハラDV夫との結婚生活、そして夫から逃げるまでを綴ってきましたが、夫の元から逃げて、はい、終了ではなく、その後現在に至るまでは乗り越えなければならない壁がたくさんありました。
モラハラDV夫から逃げたその後の生活、7年間の出来事を書いていきたいと思います。
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私立中学に通っていた息子は、エスカレーター式に高校に進むのをやめ、公立高校に進みました。
私がDV夫の元から逃げようと決めた時、息子の高校生活が終わってからにしようと考えていました。
小さい時から、いつ怒り出すかわからない父親にビクビクしていた子どもたち。
それでも「転校だけはさせないで、お母さんがまんして」と言い、離婚や別居はのぞんでいなかったのです。
娘は、18歳の時に家を出て、親の援助いっさいなしに1人で頑張ってきました。
あとは息子だけ、息子が18歳になるまではがまんしようと思っていたのですが、暴力がひどくなったのと息子自身が公立高校に進みたいと言い出したことから、高校受験を機に家を出ることにしたのです。
始まった公立高校での暮らしは、希望にあふれていたものだったはずなのに、高校に入ってからもいろんな困難がありました。
ワンルームで思春期の男の子と暮らす...当時は必死だからできたと思います。
今、もう一度してみたらと言われたら、ムリです。
公立高校は学費も安いだろうし、なんとかなるだろうと思っていたのですが、1回目の保護者会で現実を知りました。
まず、最初に驚いたのは、1人1台パソコンを購入してくださいと言われたこと。
学校側ですすめてきたノートパソコンは15万円もしました。
一括購入はとても無理なので、分割払いを選びました。
やはり高いパソコンは性能も持ちもよく、大学4年生になった息子は今でも愛用しています。
結果的に無理しても購入してよかったです。
次に修学旅行の積立金ですが、これが月1万円でした。
だいたい公立高校の修学旅行は、沖縄や北海道などの国内が多いと思うのですが、息子の通っている高校は海外だったのです。
「えーっ、聞いてないよ~」と思ったものです。
部活でも貧困の壁に突き当たりました。
息子が選んだ部活は、個人競技だったのですが、使う用具が高かったのです。
レンタルでも大丈夫だからと言われて入ったのは、あるスポーツ部。
最初の頃は、学校にある用具をレンタルして使っていたのですが、一緒に入部した友人たちが次々にその用具を購入しているのを見ると息子も欲しくなったようです。
一番安いものでも数万円はするらしく、友人たちはもちろん親御さんに買ってもらったようです。
息子は、私がパートで収入も多くなくギリギリの生活であったことを知っていたので、買ってほしいと言ったことは一度もありませんでした。
高校生になってからアルバイトを始めていた息子は、アルバイト代でその用具を買おうとしてました。
そして、勉強、部活、アルバイトの両立が難しくなっていき、毎日、疲れ果てていました。
イライラして私にあたることもあったし、悩んでいました。
その3つで、自分にとって一番大事なものは何か?
一番優先するべきものは何かを問うてみました。
息子の答えは、勉強でした。
父親みたいになりたくないと言い続けてきた息子が目指していたのは、貧困の連鎖からの脱却です。
いい大学に入って、安定した企業に入りたいと、その頃から漠然とした夢を持っていたようです。
親が貧乏だから、自分は不利だ、そんな話をよく聞きます。
でも、それをばねに頑張っている子もいるはずで、そういった記事を目にすると、食い入るように読みました。
結局、息子は部活を辞めました。
息子が高校生になって味わった初めての挫折でした。
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