<この体験記を書いた人>
ペンネーム:uz
性別:男
年齢:58
プロフィール:20年以上前、まだ一人暮らしの頃、離れている実家には70歳の父と65歳の母が二人で暮らしていました。
「おや、お袋だ、珍しいな」
仕事が年末進行に入って気忙しくなっていたころ、夕方に携帯に着信が入りました。
まだ職場にいたので、席を外し、階段の踊り場で電話を受けました。
「もしもし、どうしたの? いつもは夜に家電にかけてくるのに、急ぎ?」
「ああ、ごめんね...仕事中かい?」
「まあね、でも大丈夫だよ...どうしたの? 具合悪い?」
電話口の65歳の母の声はいつになく震えているように聞こえました。
「ねえ、どうしよう、えらいことになっちゃって...」
「落ち着いて。何がどうしたの?」
「あのね、お父さん...ガンなんだって...」
耳を疑いました。
今年の検診で70歳になる父が引っ掛かったそうです。
内科検診に「所見あり」で再検査を勧められ、CTなどを撮ったというのは聞いていましたが、今日はその結果を聞きに呼び出されたそうです。
「私だけ電話で呼ばれたんで、いやな予感はしてたんだけどね...」
十二指腸にガンが見つかったと告げられたそうです。
若干進行しているので、早めに治療に移りたいが、本人に知らせるかどうかは家族の意思を尊重するということだそうです。
「ねえ、どうしようかねえ、言った方がいいかしらねえ...」
母はショックもあってかひどくうろたえた様子です。
「ああ、そうだなあ...伝えなくても治療できるの? 手術とかにならないの?」
「それはやりようだって...まだそんなに進んでないから通院治療でもできるらしいけど...」
ただ治療の効果は保証できないので、できれば開腹して摘出した方がいいと言われたとのことでした。
「ねえ、どうしたらいいと思う?」
離れて暮らしている一人息子を頼ってもらえたのはうれしくもありますが、そう言われても簡単には決めかねます。
小さいころから厳格で強気な父は尊敬の対象でした。
私が社会人になって家を離れる時も、見送りもしませんでした。
ところが、その日の夜一人で酒を飲みながら寂しがってたんだよ、と母から後で聞かされました。
「打たれ弱いところもあるからね、親父は」
「そうなのよ、やっぱり言わない方がいいかねえ?」
母は父が打ちひしがれて一気に悪くなるのではと心配しているようです。
私もそんな予感がして、父には伏せて治療させた方がいいかも、とも思いました。
しかし、しばらく考えて、ふと頭をよぎりました。
良かれと思ってではありますが、父は騙されることになるわけです。
そのことをもしもどこかで知ってしまったら、プライドの高い父はそれこそ落ち込むことでしょう。
「......親父はさ、やっぱり嘘はつかれたくないと思うよ、どんな理由でもさ」
「えっ?」
「やっぱりさ、どうせならきちんと治してもらった方がいいよ。そのためには、きちんと伝えるべきだ」
忙しい中でしたが、翌日急いで帰省し母と二人で父に伝えました。
もちろん、二人できちんとサポートすることも併せて。
「やっぱりな、母さんの様子が変だから、なんかあるなとは思ってた」
「いや、お袋は親父が落ち込むんじゃないかと心配して...」
「分かってる、分かってる。いや、俺だけのけ者か、とちょっと寂しかっただけだ。教えてくれてよかったよ」
父がそう言うと、母は私の方を見ながら、安心した表情を見せました。
その後、二人で病院に行って、医者の説明も二人で聞いたそうです。
今は入院して手術の日を待っています。
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