「お日様と共に起きて、沈んだらゆっくり休め」祖父の最期の言葉。24年たって分かった気がする意味

<この体験記を書いた人>

ペンネーム:かっちゃん
性別:女
年齢:42
プロフィール:夫家族と同居する3児の母です。

76.jpg

私が身近な人の死と直面したのは、大学受験前の冬、24年前の18歳のときでした。

父方の祖父が肺がんになってしまったのです。

検査の結果、入院が必要とのことで、その冬は病院近くの祖父母の家で私たち家族も生活していました。

お見舞いに行き、病室で話をして、1週間くらいは平穏に過ぎていきました。

受験生だった私は、祖父母の家のコタツを勉強机代わりに、夜遅くまで苦手な数学の問題を解いていたことを覚えています。

このまま何事もなく、長期入院のような形になるのかなと家族が思い始めた頃、病状が急変。

あくる朝早くに家族全員が病院に呼び出されました。

痛みを必死にこらえ、息も苦しそうな祖父でしたが、集まった家族全員に「ありがとう」とお礼を言っていました。

そのときの祖父の姿は、自分も旅立つときはこうありたいな、と思わせてくれる誇らしいものでした。

そして、最後に私を枕元に呼び寄せ、やせ細った手で、私の手を力強く握り締めてくれました。

涙をこらえきれずに「じいちゃん、死んじゃ嫌だ、死なないで」と、私は駄々っ子のようにすがりつきました。

そんな私に祖父は言ったのです。

「お日様と共に起きて、お日様が沈んだらゆっくり休むんだぞ」

そう最後に言い残して息をひきとりました。

人の死に初めて立ち会ったという衝撃、それが大好きだった祖父であったという悲しみ。

当時はこの祖父の言葉の意味もよく分からないままでした。

夜遅くまで受験勉強をしていると祖母から聞いて、私の健康を気遣っての言葉だったのかもしれません。

それ以上の深い意味はなかったのかもしれません。

それでも20年以上たった今、この言葉を思い起こすと、なぜか毎日の「生き方」を問われているような気になります。

お日様と共に起きて、沈んだらゆっくり休む。

毎日どんな時間の使い方をしているのか、「今」を大切にできているか。

そんなようなことを祖父に聞かれている気になり、思い出すたびに背筋がのびるような感覚です。

太陽の温かい光からパワーをもらっているような気持ちにもなれます。

もちろん、思うようにいかない日もたくさんあります。

それでも、また日は昇る。

祖父の言葉は改めて味わい深く、大切にしたいと思います。

同時に、毎日をお日様と共に大切に生きていけば、最後にはじいちゃんのように、大切な人に感謝しながら静かに逝くことができるかもしれない。

そんなことを考えるのです。

関連の体験記:「今までいろいろありがとう」と握手した1週間後に永眠。大親友をがんで失った私が胸に抱える後悔
関連の体験記:「辛かったね...頑張ったね」がんとうつ病に翻弄された私のため泣いてくれた先輩の言葉に涙が溢れた日
関連の体験記:「じゃあ、またね」別れ際、ずっと手を振っていた彼女。見送ってくれた彼女の体はもう...

健康法や医療制度、介護制度、金融制度等を参考にされる場合は、必ず事前に公的機関による最新の情報をご確認ください。
記事に使用している画像はイメージです。
 

コメントする

いつも毎日が発見ネットをご利用いただきありがとうございます。
この度、コメント機能の提供ですが、2022年7月6日をもちまして終了することとなりました。なお、過去に投稿していただいたコメントも見られない状態になります。
ご利用の読者の皆様には、大変ご迷惑をおかけしますが、なにとぞご理解いただきますよう、よろしくお願いいたします。長らくのご利用ありがとうございました。
引き続き毎日が発見ネットをどうぞよろしくお願いいたします。

この記事に関連する「みなさんの体験記」のキーワード

PAGE TOP