大学卒業後、精神が不安定になり職を転々...自殺未遂まで。迷走した20代から約30年たって思うこと

<この体験記を書いた人>

ペンネーム:栄一
性別:男
年齢:54
プロフィール:会社員です。出身は関東ですが大学が中部地方で、そのまま就職しました。上下水道施設の維持管理をしています。

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「こんなことをしていてはいけない。明日は会社に行こう」

そう思って寝るのですが、朝になると、その日にやらなければならない雑事がすべて嫌になって足が踏み出せない...。

そんな日々が20代の前半にありました。

今から考えると、うつ病だったのかもしれません。

年齢でいうと23歳から24歳、時代でいうと1991年から1992年にかけてのことになります。

大学の工学部環境工学科を卒業して、上下水道施設の設計をするコンサルタント会社に入社しました。

その会社の水環境を対象とする研究所で働きたいと思って志望したのですが、配属は土木施設の設計をする部署、それも全く縁のない大阪ということになりました。

東京での1カ月の研修のあと、大阪に赴任。

4月に入社して、夏までは通えていたのですが、残暑が終わった頃から体調を崩して、休みがちになりました。

結局、12月に辞表を出して退職し、間をおかず、堺の分析会社に就職。

大学での専門が生かせると思って決めたのですが、ここも長続きしませんでした。

大阪を離れ、実家に戻った私。

気分はすぐれないのですが、生活は普通にできていて働こうという気持ちもありました。

3度目の就職先は警備会社。

会社の寮に入って、研修を受けた後、電車で客先を回り書類などを預かって、配送するという仕事につきました。

決まり切った日々が続き、はじめは、これなら続くかもしれないと思っていたのですが、うつ病(?)は治っておらず、再び仕事に行けなくなってしまったのです。

このときは、生きる気力もなくなって、自殺未遂までしてしまう始末。

幸い未遂で終わったのですが、仕事は辞めて実家に戻り、ほとんど寝たきりの状態になってしまいました。

3カ月ほど実家で静養して、なんとか普通の生活ができるようになった頃、大学時代の友人からアルバイトを紹介してもらいました。

その友人は卒業後も大学のあった町に残って、ぶらぶらとしていました。

楽しかった学生時代を過ごした町に戻り、アルバイトをしながら、仲の良かった友人たちとの付き合いをしているうちに、元気も出てきて、もう一回ちゃんと働こうかと思うようになりました。

通っていた図書館で新聞を見ていて、新しくできた下水処理場の維持管理をする仕事を見つけたのです。

面接を受け採用され、1993年5月から勤務開始。

大学での専門も生かせ、最初の仕事で学んだ下水に関する知識も役だって、この仕事には無理なく携わることができました。

今も、その仕事を続けています。

迷走した2年間、苦しいときもありましたが、それはそれで意味はあったのかもしれません。

いろいろな社会をのぞき見て、自分なりに勉強ができていたような気がします。

お子さんが社会に出て、同じようにうつ病になってしまった方もいらっしゃるのではないでしょうか。

今では、副作用の少ないよく効く薬も普及しており、うつ病は治る病気という位置づけに変わってきています。

私のようにむやみに転職を繰り返し、自信を失っていくといったことにならないようにと思い、この体験談を書きました。

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