夫にもう我慢しない! 自分の時間は自分で決めて生きるわよ!! ついに家を出た60代の私

<この体験記を書いた人>

ペンネーム:ラシク
性別:女
年齢:64
プロフィール:40年近く理不尽、ワガママ夫に振り回されてきましたが、残された人生、自分らしく生きる道を選びスッキリしました。

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40年程前に見合い結婚した私たち。夫は前時代的価値観そのままの亭主関白、男尊女卑を絵に描いたような人です。何につけ「オレ様」意識が強く、自分が常に輪の中心にいないと気が済みません。そんなワガママ、自己チュー夫にずっと振り回されてきましたが、それでも私も添い遂げなければという考えに縛られて、別れるという考えを封印して過ごしてきました。

そんな中、3人の子どもたちは結婚し、義母も6年間の介護の末に見送り、数年前から夫婦二人の生活になりました。この先の生活は、今までのしがらみを解き放ち、やさしい穏やかな気持ちでお互いの老いを労わっていかねば、と私は私なりに決意と覚悟も決めていました。その中での生き甲斐は、やはり子どもたち孫たちの成長を見守ることです。少なくとも私はそう思って楽しみにしていました。

ですが夫は、必要以上に子どもに接することを嫌っていました。皆遠方ということもあり、日頃の交流は殆どありませんが、私はせめて誕生日やお正月にはプレゼントのひとつも買ってやりたい、孫の喜ぶ顔を見たいと願っていました。それすらも夫は「余計なことをするな。いつも買い与えると癖になる!」と不機嫌になります。孫が中心になるより自分をかまってくれ!と言わんばかりです。それでも年月が経てば少しは丸くなって、いいジイジになるだろうと半分期待しつつ過ごしておりましたが......。

数カ月前に娘と孫が帰省しました。娘は「あとからお父さんに文句を言われたくないからね。年に1回帰省して孫を見せておけば気が済むでしょう?」と、半ば義務的な感覚の里帰りです。なので、たった3日間ほどの滞在予定。「3日我慢すればいいからね」と苦笑する娘に申し訳ない気持ちでいっぱいでしたが、せめてその間だけでも育児疲れから解放してやりたいと思いました。日頃の静かな家も孫の声が響き、和やかなひとときがそれなりに繰り広げられていました。娘は家事からも解放されていい気分のようです。あれこれ動き回る私も心地よい忙しさについつい夫のことを放っておいて娘や孫に時間をとられていました。

その時突然、夫が娘に向かって「甘えるのもいい加減にしろ!」と怒鳴り始めたのです。自分勝手に孫に接しようとして泣き出されたり、私に用事を言いつけようとしてもほかのことで手一杯だったりして機嫌を損じていたのでしょうか。娘が何もしないことを理由に激怒したのです。唖然とする私と娘に「そもそもお前の婿は......」と結婚のことまで引き合いに出し、ののしり始めました。娘と言い合いになった挙句、「もうここに帰ってくるな! おれの子どもだと思うな!」と言い放ち、娘は「わかった、今からすぐ帰る」と言い、予定を切り上げさっさと帰ってしまったのです。そして帰り際に「お母さんももう我慢することないよ。お金貯めて、離婚届をたたきつけてやればいいのよ」と一言。

娘が帰ってしまってぽかんと空いた部屋、時間。むくむくと怒りがわいてきました。夫に対してもそうですが、自分自身に対してのものも大きかったような気がします。

何故、今までもっと子どもたちに寄り添って考えられなかったのか? いつも夫の顔色を窺い腫れ物に触るように接してきたこと、知らず知らずのうちに私だけでなく子どもたちにも我慢をさせていたことを思い知りました。私一人の問題じゃなかったのだと。
いつもは引き下がる私も、努めて冷静に話をしましたが、それでも夫は自分の主張を曲げません。「子どもたちに会いたいのなら出ていけ、子どもは自分の眼鏡に叶う者はいなかった」と。
とうとう私は「じゃあ、出ていきますね」と言い、かばんひとつで家を出たのです。私らしく生きる、その意味をかみしめながら、今、めいっぱい生きています。

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コメント一覧

読ませていただきました。 出られて正解でしょう。 そんな相方と一緒にいても、 何一つ得られるものは ないでしょう。 いろいろ大変と思いますが、 自分らしく生きて下さい。
私も、そうでした私だけ、に威張れて自分が、1番偉い 今の時代でも、俺が食わせて、ダモンネ
今まで、随分我慢してこられましたね。私も、ある日自立しました。いつでも子供二人連れて生活できるように。そうしたら、なんか楽になり、いつでも、別れられるとおもい、今日に至っています。 今は前にくらべれば、少しは、子供や孫をかわいがっていますが、私は、いつでも、一人で生活できるよう、心に、きざんでいます。
私も着々と離婚準備中の50代です。夫に振り回されて病気にもなりました。 子供達始め親戚も私の味方です。今はただの同居人として暮らしています。捨てられるかもと気付いた夫は必死ですが、子供達は冷酷です。貰えるものを貰ったら、バイバイするそうです。
私も去年モラハラクソ夫から逃げて家を出ました。50歳です。子供達も大人になりましたし、これから先日本人の寿命が平均80歳!あと30年も顔色を伺って、同じ家で息も出来ない程、耐えて行くのが限界だと疲れ果てました。真面目に働きながら、家事も子育てもちゃんとしていただけなのに、私の人生、生活までも全否定してくるモラハラクソ夫に耐えれなくなりました。 少し不安もありますが、家を出て、一人がこんなに楽だなんて!と出て本当に良かったと思ってます。
私は、男の子四人の、母です。長男は、まだ、結婚してませんが、あとは、結婚して、孫も、います。同居人は、私のすることは、全否定で、会話もなく、私は、家政婦のように、毎日過ごしてます。二人の生活にも、つかれ、私が、寝込んでも知らん顔、情けないですが、なかなか、家を出る、気力もなく、毎日モヤモヤしてます。1度きりの、人生なのに、勇気がない自分が、情けないです。
私の亭主もかなり酷い男でした。 私が高熱で寝込んでも、小さな子供達の面倒もみないで パチンコに行く様な人でした。 私が義実家でこき使われ 病気になり入院しても まともに見舞いにも来ない人で 挙げ句退院したらまた何もなかったかの様に義実家でこき使われました。 でも帰る実家が無かったので 我慢出来る限り我慢しました 子供達の為に… 子供達が同時期に自立したので 同時に私も家を出ました。 その後亭主は一人で亡くなり 娘は泣きましたが、息子は泣きませんでした。 子供達にも良い父親ではなかったので 悲しい結果になりましたが 私にとっては自業自得かな って思ってます。

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