雑誌『毎日が発見』で連載中。医師・作家の鎌田實さんの「もっともっとおもしろく生きようよ」から、今回は鎌田さんが「絵本」について語ります。
絵本の余白には、人生の大切なことが描かれている
息子さんを自殺で亡くし、絵本に救われたジャーナリストの柳田邦男さんと、パートナーである有名な絵本作家・伊勢英子さんと鎌田の3人で、2011年の東日本大震災の後、福島県南相馬市にある図書館へ行きました。子どもたちに絵本の読み聞かせをするためです。
ぼくたち3人は別々の部屋に入り、子どもたちが訪ねてくるのを待っていました。ぼくの部屋にも、20人ほどの幼稚園の子どもたちがやってきました。ぼくは、『ぼくをだいて』(はたよしこ・作、偕成社)という絵本を読み始めました。
「ひゅうひゅう かぜ だいて ぼくをだいて」
「ゆうひ だいて ぼくをだいて」
絵本の「ぼく」は、草や羊、大きな木に抱かれていきます。そして、最後に「おかあさん だいて ぼくをだいて」というページを開いたときに、ぼくはドキッとしました。
南相馬市は海に面したまち。津波でたくさんの人が亡くなっています。もしかしたら、このなかにもお母さんを亡くした子がいるかもしれないと思ったのです。咄嗟(とっさ)にぼくは自分の話をしました。
「おじさんはね、小さいころお父さんもお母さんもいなくなってしまったんだ。でも、新しいお父さんとお母さんがやってきて、友だちがやさしい言葉をかけてくれたから、ぼくはこうやって生きることができたんだよ。だから、友だちがさびしがっていたら、ぎゅっとしてあげよう」
絵本の読み聞かせが終わり、子どもたちが帰ろうとするなか、一人の女の子がぼくのほうにやってきました。そして、小さな手でぼくの体をハグしました。
「ぎゅっしてあげる」
こんな小さな、初めて会った子と気持ちを通わすことができたのも、絵本の力だなと思いました。
子どもから大人まで楽しめる
絵本の魅力は、いつでも手に取りやすい気軽さ、視点のユニークさ、絵の世界観、余白の豊かさ......さまざまなものがあります。ぼく自身も読みますが、いまは孫たちに気に入った絵本をプレゼントするのも楽しみになっています。
『とんでもない』(鈴木のりたけ・作、アリス館)は、「どこにでもいるふつう」の少年がサイやウサギ、クジラ、ライオンなど、いろんな動物をうらやみます。でも、「かっこいい」といわれた動物は、みな口をそろえて「とんでもない!」と反論。他人はよく見えるけど、自分の魅力には気付きにくいということを教えてくれます。
ありふれた日常から知らない世界へと、ダイナミックに視点を広げてくれるのは、『ぼくがラーメンたべてるとき』(長谷川義史・作、教育画劇)。ラーメンを食べているときに、隣の子は、隣の国の子は、隣の隣の国の子は何をしているだろう。ラーメンを食べているまさにその時、働かされている子どもや戦争に巻き込まれている子どもがいる世界の現実を、長谷川さんの迫力のある絵が伝えています。
大人でも楽しめるのは、『二番目の悪者』(林 木林・作、庄野ナホコ・絵、小さい書房)。王様になりたい金のライオンは、次期王様候補と期待される銀のライオンに嫉妬し、悪いうわさを流します。うわさはあっと言う間に広がり、金のライオンはまんまと王様に。しかし、国は荒廃し、金のライオンを王様にした動物たちは反省するのです。そう、タイトルの「二番目の悪者」とは、うわさを鵜呑(うの)みにした者たちのことだったのです。
絵本は夢や希望を見せてくれることもあれば、見たくない現実を突きつけ、気付きを与えてくれることも少なくありません。
ぼくが伝えたい物語
ぼくが初めてかいた絵本は『雪とパイナップル』(集英社)という実話を元にした物語です。チェルノブイリの子どもたちへの医療支援で訪ねたベラルーシが舞台。唐仁原教久(とうじんばら・のりひさ)さんの絵が、とてもすてきです。これは、中学の国語の教科書にも載りました。
心があたたかくなるノンフィクション絵本『雪とパイナップル』
その後、原発事故により食べられずに廃棄された農作物のことを『ほうれんそうはないています』(長谷川義史・絵、ポプラ社)という絵本にしました。
原発事故の痛みと悲しみが胸に迫る『ほうれんそうはないています』
昨年11月には、紙芝居を作りました。『かまた先生のアリとキリギリス』(童心社)です。絵は、超売れっ子の絵本作家スズキコージさんです。
イソップ版の「アリとキリギリス」は、雪のなかで飢えているキリギリスに、アリは食べ物を分け与えず、キリギリスは餓死していく話でした。ぼくは、子どもたちが希望をもてるような物語にしたいと考えました。
冬が訪れ、家も食べ物もないキリギリスに一匹のアリが、春まで家に居てもいいよと声をかけてくれました。実はキリギリスは、誰もいない所で遠くへ飛ぶ練習をしていたのです。今日夕食を食べさせてもらったら、明日は南の国へ飛んでいく。自分の夢のために。春になったら戻ってきて、君にもっと上手になったバイオリンを聞かせてあげる。
困っている人に手を差し伸べること、見えないところで努力をすること、友情、夢......。大切なことを子どもたちに伝えたいと思って、紙芝居を作りました。
いま子どもたちに伝えたい"希望の物語"。紙芝居『かまた先生のアリとキリギリス』
人生で三度出合う
柳田邦男さんは、「人生で絵本との出合いは三回ある」と言いました。幼いときに親から読んでもらうのが一回め。親になって自分の子どもに絵本を読んであげるのが二回め。そして、三回めは、人生の後半、自分の人生を振り返るとき、絵本と出合うというのです。
同じ絵本でも、人生のステージによって読み取れる物語が違ってきます。絵本には、自分自身の人生を投影する豊かな余白があるのです。子どものころの心躍る自分や、気づかなかった視点、そして、忘れていた人生の大切なもの......そんな宝物に満ちた絵本の世界を、もう一度、訪ねてみてはいかがでしょうか。