【らんまん】「無邪気で無知」な主人公の致命的なミス...田邊教授(要潤)との残酷な分かれ目

毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今週は「田邊教授との残酷な分かれ目」について。あなたはどのように観ましたか?

※本記事にはネタバレが含まれています。

【先週】藤丸の物語から見えた主人公の「共感力」。天才学者・万太郎が「孤独」にならない理由

【らんまん】「無邪気で無知」な主人公の致命的なミス...田邊教授(要潤)との残酷な分かれ目 pixta_105220066_M.jpg

長田育恵作・神木隆之介主演のNHK連続テレビ小説『らんまん』の第17週「ムジナモ」が放送された。

万太郎(神木)と寿恵子(浜辺美波)の間に長女・園子が誕生。万太郎は園子を溺愛しつつ、植物と並べて対等に語る植物バカぶりも相変わらず。一方、宵っ張りで研究する万太郎は、夜泣きにも対応するなど、3人の幸せな生活はうまく回っていた。お金の面を除いては。

一方、万太郎は藤丸(前原瑞樹)との採集旅行でも、新たに珍しい菌を見つける。その様子に「僕がおにぎり食べてる間に、もう見つけてる」「肩の力抜けてるのに」と藤丸は驚きを隠せない。それは必死に食らいついていた田邊の採集旅行とは全く違うと言う。

それを聞いた波多野(前原滉)は「万さんは、長年の経験や観察が勘になってるんだろうね」と分析する。万太郎の「運の良さ」の正体がここにあるのだろうが、傍から見えるのは表面上の曖昧模糊とした「勘」ばかり。

世間では小学校中退で、人たらしで教室に入り込み、調子よく頭角を現していったように見る人も多いだろう。波多野と藤丸自身も、最初はそうした「世間」側にいて、万太郎と過ごすうちにその純粋さ・凄さがわかっていっただけに、現実との「落差」を面白がると共に尊敬し、万太郎に触発されている。万太郎は純粋に植物が好きで、愛したいだけで、「実績や家の名誉」にも「誰に何を思われるか」にも関心がないのだ。

それは、学問・研究において最も重要で純粋な動機だろう。しかし、だからこそ、後にピンチを招くのだが......。

きっかけは、万太郎がゆう(山谷花純)に頼まれ、引っ越しを手伝う道中で見つけた池の植物だ。しかも、万太郎は頭上の植物に触れようと、倉木(大東駿介)に肩車してもらい、手を伸ばして体勢を崩し、池に落下したところで水生の珍しい植物を見つけるのだ。

万太郎が池を横目でとらえると、一人勝手に駆け出す無邪気な子どもか犬のような様を、池の対岸から引きで映す演出が良い。この引きの画によって、他の人なら素通りしていたであろう「池→水生植物」に万太郎がいかに自然に出会っているかという道筋が見える。「ああ、万太郎はいつもこうなんだ」という「長年の経験や観察による勘」が浮かび上がる巧みな構図だ。

一方、対比として描かれるのは、田邊(要潤)だ。画工・野宮(亀田佳明)に、植物学の研究が進めば植物画家ももっと必要になるから、槙野と並び互いに励んではいけないかと聞かれ、激昂する。

しかし、野宮の進言に思うところもあったのだろう、万太郎が見つけた「ムジナモ」を植物学教室に持ち帰ると、田邊はそれを見て「心当たりがある」として図鑑で調べ、水生植物で、一属一種の食虫植物だと言う。そして、万太郎に論文を書くように指示する。

万太郎はこのとき、自分が発表して良いのかと田邊に尋ねたが、田邊は見つけた者が報告するのは当然だと返答。徳永(田中哲司)は、教授がお前に世界への花道をかけてくださったのだから、恩を忘れるなよと興奮した様子で励ます。

さらに、ムジナモが開花。海外の報告では記録がないだけに、「槙野は咲かない花さえも咲かせてしまう」と呟く田邊の虚しい表情が切ない。

その後、徳永はドイツ留学に旅立ち、田邊は恩人である森有礼(橋本さとし)が文部大臣になったことから、女学校の校長に就任。寿恵子は第2子を授かり、万太郎はムジナモの植物画と論文を完成させる。

ところが、そこに田邊の名前がなかったことから、田邊は「自分の手柄だけを誇っているんだな」と一言。大窪は「突き止めたのは教授」「いかに貴重なものを見つけても、何であるかがわからなければ論文は書けなかった」と指摘し、万太郎に刷り直しを命じるが、田邊は乾いた笑いを発し、万太郎に「出禁」を言い渡す。

森は田邊について、アメリカに着くなり勉強を始めた、アメリカに渡るためだけに自分を利用したと笑い、田邊の勉強熱心ぶりを高く買っていた。一方、国の金で留学させてもらった恩に報いるべく、国の仕事にも従事し、必死で植物にも食らいついてきた田邊の勤勉さが報われない切なさが際立つ。

しかし、必死ゆえに、脇に池が水を湛えていること、その中に植物が生息していることに気づけるゆとりがなかったのではないか。

一方、野宮が「裏表がなく、無邪気で無知」と評する万太郎は、柵も重責も邪心もなく、まるで自然の友達に呼ばれたように、植物に引き寄せられ、出合っていく。しかし、みんなに感謝しながら植物画を完成させたにもかかわらず、「裏表がなく、無邪気で無知」ゆえに「実績」として田邊の名を共作として連ねることに思い至らなかった万太郎は、致命的なミスを犯したのだ。

万太郎と田邊の"運の良い人""運のない人"の残酷な分かれ目が、池の引きの画で巧みに描かれた17週だった。

文/田幸和歌子
 

田幸和歌子(たこう・わかこ)
1973年、長野県生まれ。出版社、広告制作会社を経て、フリーランスのライターに。ドラマコラムをweb媒体などで執筆するほか、週刊誌や月刊誌、夕刊紙などで医療、芸能、教育関係の取材や著名人インタビューなどを行う。Yahoo!のエンタメ公式コメンテーター。著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

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