毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今週は「脚本の巧さ」について。あなたはどのように観ましたか?
※本記事にはネタバレが含まれています。
【前回】「男性性」の象徴・高藤にモヤる...女性脚本家ならではの「ジェンダー問題」の描き方
長田育恵作・神木隆之介主演のNHK連続テレビ小説『らんまん』の第10週「ノアザミ」が放送された。
今週は元薩摩藩士の実業家・高藤(伊礼彼方)に「人生のパートナーに」とロックオンされる一方、白梅堂に来なくなった万太郎への思いを募らせる寿恵子(浜辺美波)の恋心と、植物学雑誌の創刊に向けて動きだした万太郎(神木)の石版印刷修行が平行して描かれる。
といってもやっぱりワクワクするのは、万太郎の前に進む物語のほう。
朝ドラには主人公が行き当たりばったりでいろんなことに首を突っ込み、何をしたいかわからない作品が多々あるが、本作の場合は「目的」が明確にあり、石版印刷もその目的達成に必要な手段であり、何よりモデルとなった牧野富太郎自身が実際に石版印刷所で修行した史実があるという点が凡百の作品とは異なる点だ。
万太郎(神木)は、描いた絵の筆遣いをそのまま印刷できる "石版印刷"で雑誌を出したいと考える。しかし、大畑(奥田瑛二)の印刷所で見せてもらうと、技術は高いが、画工が「写す」ことには限界があり、正確でないと世界には伝えられないと感じたことから、自分が描くべく、印刷所で働きながら学ばせて欲しいと頼み込む。
無茶苦茶な話だが、教授料をわざわざ払って「見習い」からスタートするというのは、技術へのリスペクトがあるため。そうしたリスペクトには、自身が峰屋では役立たずだった苦い経験も土台にあるだろう。
しかし、砂まみれで帰った万太郎を見て、竹雄(志尊淳)は怒り出す。当主が見習いでこきつかわれること、自分がついていながら守れないことが情けなく悔しいと、涙を見せる竹雄。機嫌をとろうと手をペチペチ叩いたり、肩に触れたり、頭をナデナデしたりとうざがらみする万太郎は、怒った母親の機嫌を取ろうとする子どものようだ。しかし、竹雄がその手を払いのけると、ふいに背を向け、自分も家を出て、他の者と同じように住み込みで働こうかと言いだす。「わしがここにおったら、竹雄、心配するじゃろう」と言う万太郎に、竹雄は「若は卑怯です!」と憤る。
それに対する竹雄の反撃は、翌朝の黄色くフワフワのとびきりおいしそうなオムレツだ。「うまい!」を連発する万太郎を正面から見据えつつ、竹雄は佐川に帰ろうと思うと告げる。
その瞬間、フリーズし、目が泳ぎ、露骨にうろたえる万太郎。しかし、竹雄はウソだと明かし、住み込みで働くと言い出した万太郎へのお返しだと言って「わしの気持ちがわかりましたか」と訴えるのだ。
「えぐいき!」と拗ねる万太郎に、健やかに笑っているほうが前に進むと言い、「ちゃんと寝て食べてピカピカわろうとってください。それが若の全速力ですき」と教える竹雄。
さらに竹雄は、万太郎をもう峰屋の当主だとは思わないようにする、ただの槙野万太郎だと言って「万太郎」と呼び、新鮮さに目を丸くした万太郎が「竹雄」と言うと、2人は「万太郎」「竹雄」と呼び合う。このシーン、若干BL的盛り上がり狙いにも見えかねないやりとりだが、神木の心底愉快そうな天真爛漫な笑い声がそうしたあざと臭を霧消させていく。
ともあれ、竹雄の激励で自分の戦い方を思い出した万太郎は、昼は大学で研究し、2年生コンビと共に学会誌の準備を重ね、夕方から印刷所で働くというハードな生活を送る。
印刷所で顔を真っ黒にして必死に働く万太郎は、徐々に周りに受け入れられ、とうとう絵を描かせてもらうことに。しかし、その順調な流れが自然に見えるのは、万太郎という人の愛され力があるとはいえ、あくまでそれを柱にしていないため。
万太郎は、石版に使う石が「ドイツのバイエルンの鳥の化石がとれた採石所」のモノと聞くと「アーケオプテリクス」「ゾルフホーフェン地域」と自然科学への知識の豊かさをさりげなくのぞかせる。「水と油、ゴム」を利用した石版印刷の工程などもさらりと説明される。
朝ドラは「主人公、すごい!」を描くために、それを真ん中の柱として、肝心のお仕事描写をほとんどせずすっとばす作品が多いことから、逆に主人公の凄さが伝わらないことが多い。逆に、取材したらしたで、朝ドラに限らず、ドラマでも漫画でも、知らない世界を取材して知った興奮を全部伝えたくなってしまい、取材部分だけが冗長になったり浮いたりして、そこで物語がストップしてしまうことも多い。
ところが、本作の場合は石版印刷など難しい技術の話をしっかり取材し、それを咀嚼したうえでスマートに物語に落とし込んでいる。そうした咀嚼力により、石版印刷の話もあくまで物語を動かす上での「手段」として豊富な取材が使われているのは、脚本の巧さに他ならない。
しかし、万太郎がやりたいことにまっすぐ進む一方で、寿恵子との恋はすれ違い......恋模様もますます気になる展開になってきた。