今年8月30日、アフガニスタンに駐留していたアメリカ軍が完全撤退した一方で、掃討されたはずのイスラム主義組織「タリバン」が勢力を取り戻して首都カブールを制圧。再び政権を握ったことで、数々の混乱が起こっています。そこで今回は、日本経済研究センター主任研究員の山田 剛(やまだ・ごうさん)に「今後のアフガニスタン」について伺いました。
2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロから約20年がたった今年8月30日、アフガニスタンに駐留していたアメリカ軍がついに完全撤退しました。
ようやく「対テロ戦争」が一区切りかと思われましたが、掃討したはずのイスラム主義組織「タリバン」がアメリカ軍の撤退に合わせて勢力を取り戻し、首都カブールを制圧して、再びアフガニスタンでの実権を握るという事態になっています。
再びアメリカがアフガニスタンに派兵し、タリバン掃討作戦を行うことはあるのでしょうか。
南アジアの動向に詳しい山田剛さんは、「恐らくバイデン政権はもう一度タリバンと戦うというようなことはせず、渋々ながらもタリバン政権を認め、交渉していくということになるのではないでしょうか」と分析しています。
「アメリカはタリバンを『アルカイダ』と同等のテロ組織として指定しているわけではなく、昨年2月にはタリバンと和平合意しています。アメリカ同時多発テロの際は、アルカイダのテロ実行犯引き渡しを拒否されたためタリバン攻撃に踏み切ったのです」と、山田さん。
アメリカの「対テロ戦争」年表
アメリカ同時多発テロから今年で20年。
上の年表のように長い年月をかけて「対テロ戦争」を行ってきたアメリカですが、なぜうまくいかなかったのでしょうか。
山田さんは「アフガニスタン特有の事情やイスラム社会の事情に対し、あまりにもアメリカが無理解だったということに尽きると思います」と説明します。
アメリカが「対テロ戦争」で失敗した要因
要因1
アフガニスタン再建のための明確な戦略の欠如
アメリカ同時多発テロを首謀したウサマ・ビンラディン容疑者を殺害し、テロに対して報復することはできました。しかしその後、「アフガニスタンに民主主義を根付かせるための明確な戦略がなかった」(山田さん)ため、アメリカの支援により樹立した政権も汚職と腐敗が蔓延してタリバンが復権する要因の一つになってしまいました。
要因2
アフガニスタンの社会制度への理解の欠如
地方の長老たちが政治の中心となる仕組みが残っていたアフガニスタンに、欧米のような行政制度を根付かせることは困難なことでした。アフガニスタンの社会制度を理解せずに改革を進めようとしたため「逆に国民に反米感情を抱かせてしまい、タリバンへの協力者が増え、今日のタリバンの復権につながることになりました」(山田さん)。
要因3
山岳地帯に隠れたタリバンを完璧に抑えられなかった
アフガニスタンには山岳地帯も多く、アメリカがタリバン掃討作戦を行ったところで、山の中に隠れたり民間人に紛れ込んだりすれば、完璧にタリバンを抑え込むことは不可能でした。「米軍の撤退に合わせてここまで急激に復権するのは予想外でしたが、実は数年前から地方ではタリバンが勢力を取り戻している兆しはありました」と、山田さん。
主には上の3つの要因が挙げられます。
アメリカ軍が撤退を続ける中、上の年表にあるように過激派組織が爆破テロを起こし、多くの人命が失われました。
このテロの計画者に対しアメリカ軍は報復の攻撃を行い、過激派メンバーを殺害しましたが、「アメリカ軍の撤退後、タリバン政権と過激派組織、あるいはアフガニスタン北部に住む反タリバンの勢力などがぶつかり合う内戦状態になる可能性もあります」と山田さんは指摘します。
アメリカは、こんな状態下でもなぜ軍の撤退を止めなかったのでしょうか。
「『対テロ戦争』がアメリカ国内で支持を得られなくなっているのが理由の一つで、もう一つの理由は01年のときと比べ、中国などアメリカにとって警戒すべき他の脅威が生まれていることです」(山田さん)。
バイデン大統領はアフガニスタンでの「対テロ戦争」について「我々の国益ではない」と明言しています。
「これらのことから、今後アメリカがアフガニスタンに再派兵するのは考えにくいです」(山田さん)
では、このようなアフガニスタンの情勢は日本にも影響があるのでしょうか。
まず、在アフガニスタンの日本人や日本大使館の外国人スタッフらを速やかに国外に退避させられなかったという安全面での影響がありました。
さらに「他にも、周辺のインドやパキスタンへの影響を注視する必要があります」と、山田さん。
アフガニスタンには特に産業がないため日本との経済面での直接的な関係は薄いですが、インドやパキスタンには自動車メーカーなどの日本企業が数多く進出しています。
意外かもしれませんが、アフガニスタン情勢が日本経済に影響を及ぼす可能性にも目を向ける必要があるのです。
※この記事は9月7日時点の情報を基にしています。
取材・文/仁井慎治