国内のほぼ全ての銀行が加盟する全国銀行協会が2021年2月、認知症患者の預金引き出しに関する新たな指針をまとめました。そこで今回は、こん・さいとう司法書士事務所 司法書士の今 健一(こん・けんいち)先生に「認知症患者の預金引き出しに関する全国銀行協会の新しい指針」について伺いました。
国内のほぼ全ての銀行が加盟する全国銀行協会が今年2月、認知症患者の預金引き出しに関する新たな指針をまとめました。
新たな指針とはどんなもの?
※表内にある「P93の例1」は後述の「新たな指針で何が変わる?」内、「【例1】認知症患者の預金引き出しが家族ならできるようになります」をご参照ください。
上の表のように、これまでは家庭裁判所から選ばれた成年後見人のみが認知症患者の預金を引き出せたのですが、一定の条件の下で家族なら本人以外でも預金を引き出せるようになりました。
この問題に詳しい司法書士の今健一先生は「認知症患者の家族にとっては、非常に便利になると思います」と、新たな指針を評価します。
「これまでは銀行で認知症患者の預金を引き出せるのは、成年後見人だけだったのです」と、今先生。
成年後見人とは、判断能力が不十分な人が詐欺などに遭わないように、申し立てを受けた家庭裁判所がその人の代わりに財産の管理などを行うために選任する人のことです。
これまでは通常、司法書士や弁護士など、「専門職」と呼ばれる人々が成年後見人として選任されていました。
「財産を守るためには有効な制度でしたが、成年後見人は一度選任されると被後見人が亡くなるか判断能力が復活するまで継続します。専門職が成年後見人に選任されると報酬が発生することなどもあり、預金引き出しのためだけに成年後見人を選任した場合では、トラブルになるケースもありました」(今先生)
そんな中2019年、「使い勝手の悪い制度」と見なされてしまっていた成年後見人について、最高裁が下記の表のように、いくつかの要件を満たすことは求められるものの、原則として家族が成年後見人として選任されるように方針を変更したのです。
2019年に最高裁が示した成年後見人に関する新たな指針
「成年後見人の制度の使いにくさを改善しようという動きだと思われます。全国銀行協会が認知症患者の預金引き出しに関する新たな指針を打ち出したのも、この流れに沿ってのことでしょう」(今先生)
新たな指針で何が変わる?
【例1】認知症患者の預金引き出しが家族ならできるようになります
これまでは成年後見人だけが認知症患者の預金引き出しができましたが、今後は家族なら預金引き出しが可能になります。
「ただし、医療費や介護費、生活費といったような用途に制限されます。車を買ったり投資したりといった用途では引き出しできません。また、本人の判断能力が衰えていることの証明も銀行で求められます」(今先生)。
【例2】認知症以外の病気を患った家族の預金引き出しも可能になります
判断能力を失っていなくても、病気やけがで足腰が弱り、自分で銀行に行きづらくなる場合があります。
その際、家族間で「財産管理契約」を結んでおけば、認知症になっていない家族であっても本人以外が預金を引き出せることになりました。
「公証役場で公正証書を作成してもらうなどして、契約内容を証明できるようにしておきましょう」と、今先生。
【例3】いざというときのために「任意後見制度」をセットに
「財産管理契約」を家族間で結ぶ際には、認知症になった場合に備えて公証役場で自分で任意に選んだ後見人と「任意後見契約」を締結することを今先生はすすめています。
「いざというときのために後見人を指定しておける制度です。『財産管理契約』とセットで取り入れればより長い期間、預金引き出しなどでのトラブル防止に効果があります」(今先生)。
上の例を見てみましょう。
新たな指針によって、例1のように条件付きではありながらも家族が認知症患者の預金を引き出せるようになります。
「認知症の家族にとって便利になったのはもちろん、これまで認知症患者の家族には『預金引き出しをするなら成年後見人の手続きをお願いします』としか言えなかった銀行にとっても、いいことと言えるかもしれません」(今先生)
さらに今先生は「今回の新たな指針で最も重要な点は、実は他にもあります」と続けます。
上の例2と例3を見てみましょう。
「家族が認知症になった後の対処はもちろん重要ですが、認知症になる前の対策も重要なんです」(今先生)。
例2と例3では、「財産管理契約」を結べば、判断能力が十分あるうちに契約者が銀行口座から預金を引き出せるようになることや、「任意後見制度」を用いて認知症になる前に家族の一人を「任意後見人」として選んでおけることを紹介しています。
「『財産管理契約』を根拠に本人以外の家族による預金引き出しを認めるかどうかは、これまでは統一した見解がない状態だったのですが、新たな指針はそれを明確に認めるものです」(今先生)
今回の新たな指針は、認知症患者を家族に持つ人も持たない人も、両方にとってメリットがあるもの。
覚えておけば、無用なトラブルの回避につながるかもしれませんね。
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取材・文/仁井慎治 イラスト/やまだやすこ