こんなご時世だから旅行なんて...と思っていても、たまには羽根を伸ばしたくなりますよね。「ちょっとの空き時間があれば、気軽に行ける場所はたくさんあります」というのは、旅行作家の吉田友和さん。今回は、そんな吉田さんの著書『東京発 半日旅』(ワニブックス)から、東京から短時間で行ける半日旅スポットを連載形式でお届け。少しの移動、短い時間で驚きや発見を楽しむ、"新しい旅行様式"のヒントが見つかります。
※2017年発行書籍からの抜粋です。コロナ禍において、現在の内容と異なる場合があります。
意外な「鞄エピソード」に好奇心も満たされる
世界のカバン博物館
カバンは旅のパートナーである。
大げさかもしれないが、一緒に旅をするという意味では的外れな発言でもないだろう。
相棒が使えるやつであればあるほど、旅が快適になる。
良さそうなカバンを見つけたら、ついついお買い上げしてしまうから、いつの間にか我が家はカバンだらけである。
旅好き&カバン好きにはたまらない施設が、浅草にある「世界のカバン博物館」だ。
カバンに特化した博物館というのは珍しいが、運営するのがエース株式会社というカバンメーカーなのだと聞いてなるほどと得心した。
私営のミュージアムであり、場所も同社が入居する同じビル内にある。
観光客で賑わう雷門から蔵前方面へと少し南下したところに同社のビルが建っている。
外見は普通のオフィスビルだが、入口に「世界のカバン博物館」と書かれた大きなロゴが表示されてるのですぐにそれと分かった。
中へ入ると、来客用の受付ブースがあった。
なんだか取引先の会社を訪問したかのような気分になったが、どう見ても商談をしに来たとは思えない我が風貌から察してくれたのか、女性スタッフがすぐに博物館の入口へと誘導してくれた。
エレベーターで7階へ上がるように、とのこと。
言われたとおり移動すると、エレベーターを出た場所がもうミュージアムになっていたのだった。
「おおっ、ちゃんとした博物館だなあ」
到着して、まずはそんな感想を持った。
所詮は企業内の施設だし、良くも悪くもおまけ的な地味なスポットなのだろうと侮っていたのだが、全然そんなことはない。
予想を遥かに上回る本格的な佇まいを目にしてテンションが上がった。
順路としては、最初にカバンの歴史の解説から始まるというこの手の博物館では王道とも言えるつくりになっている。
古代から現代に至るまでのカバンの変遷を時系列に沿って追っていく。
人類が洞穴に住んでいた時代からカバンらしきものは存在したという。
最古のカバンは紀元前30世紀にまで遡る。
それは動物の皮や植物でできていた。
ふむふむと頷き、知った気になりながら読んでいく。
個人的に気になったのは、背嚢が登場したくだりだ。
ヨーロッパでは19世紀初めのナポレオン戦争で登場し、その後日本でも軍で使用されるようになったという。
背嚢は2つのショルダーハーネスで両肩に背負うタイプのカバンで、いまでいうバックパックの原形である。
かつて大きなバックパックを背負って世界一周したときのことを思い返した。
両手が空くカバンは旅するうえで便利だが、元々は戦争での機能性を求めて考案されたプロダクトだったわけだ。
歴史を一通り繙いたあとは、カバンの秘密に迫るコーナーが設けられていた。
カバン作りの具体的なノウハウのほか、活用術なども実用的でためになる。
「複数のカバンを交代で使い分けると長持ちする」など、すぐにでも実践できそうなアイデアがいくつか紹介されていて、思わずメモに取ってしまったほどだ。
続くショーウィンドウ内に無数のカバンが並べられたコーナーが、この博物館のメインの展示物となる「世界のカバンコレクション」である。
世界50ヶ国以上で収集された550点の収蔵品から、その都度セレクトして展示しているのだという。
入口には世界地図が描かれ、展示場所もヨーロッパやアジアなどエリアごとに分けられているのが旅好きの琴線に触れる。
カバンを巡りつつ、世界一周したかのような気分に浸れるのが魅力だ。
中でも内容が充実しているのは、やはりヨーロッパだろう。
その歴史は古く、世界のファッションをリードしてきただけに多種多様なカバンが展示されている。
庶民向けのものというよりは、高級志向である。
たとえば王侯貴族が使用していたという、ワニ12匹分の皮を使用したトランクなど、美術品のような逸品が目を引く。
ほかにもシマウマの皮やトナカイの皮など、珍しい動物の革を用いたカバンがたくさんあった。
いまならワシントン条約にひっかかりそうだが、当時は富の象徴のような存在だったのだろうなあ。
ほかの地域はどうなのか。
アジアやアフリカになると、途端に民族色が強くなってくる。
原色のカラフルな刺繍を施した布製のカバンなど、現地の土産物屋などで売られていそうなカバンが並ぶのを見て懐かしくなった。
近年大人気のベトナムのプラカゴなど、時流を意識した製品も展示されている。
それらは旅心をくすぐられる一方で、せっかく博物館まで来たのだから歴史を感じさせるような価値のあるカバンが見たい欲も芽生える。
そういう意味では、アジアならば、注目すべきはむしろ日本のカバンだろう。
自分が生まれるよりも前に作られた古いカバンが色々と展示してあって興味深い。
カバンそのものの展示に加え、それにまつわるエピソードがまた好奇心を満たしてくれる。
縦型のスーツケースは日本人的な発想によって生まれたものだったとか、いまでこそ当たり前のナイロン素材のカバンも、登場したときは画期的で、カバン界の一大革命だったなど。
ちなみに、ナイロン素材のカバンを開発したのが、まさにここエース株式会社なのだという。
同社は国内のカバンメーカーとしては老舗の大企業である。
スーツケースでお馴染みの米サムソナイト社と提携して、同社ブランドのカバンを日本国内向けに製造・販売していたこともある。
アルミニウム製のアタッシュケースで知られるゼロハリバートン社を買収したのもこの会社だ。
創業者は新川柳作といって、日本のカバン産業の発展に寄与してきた人物として知られる。
博物館の一つ上の8階には、氏の功績を紹介する記念館も併設されており、ついでに見学してみたら、意外な事実が判明した。
なんと新川氏ご自身も、世界一周の経験者だったのだ。
単なる観光旅行ではなく、その旅で先述したサムソナイトを訊ねて後に40年続く信頼関係を築くきっかけにもなったというから、単なる遊びにすぎない自分旅とはずいぶん違うのだが......。
カバンに荷物を詰め込む瞬間から旅は始まっている。
お気に入りのカバンと一緒なら、きっと充実した旅になる。
世界のカバン博物館は自分のカバンへ対する愛を再確認できる施設だった。
うれしいことに入場無料である。
絶景にグルメ、癒しなどをテーマに、東京から半日旅ができる都内・近県60スポットが紹介!