東日本大震災から10年...原発の今後にも関係する「脱炭素」。世界と暮らしはどう変わる?

近年「脱炭素社会」という言葉が注目を集めています。地球温暖化の原因となる二酸化炭素などの温室効果ガスの排出を抑え、植物が光合成のため吸収する分と合算して実質的に二酸化炭素排出量を0にした社会のことです。東日本大震災から10年...「脱炭素社会」に向けて「原子力発電」の未来も気になるところ。そこで、早稲田大学 スマート社会技術 融合研究機構研究院教授の石井英雄(いしい・ひでお)先生に「脱炭素社会」についてお聞きしました。

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菅義偉首相が昨年10月の所信表明で「2050年までに脱炭素社会の実現を目指す」と宣言し、国もそれを受けて「脱炭素社会の実現」を経済成長につなげる戦略を策定、発表しています。

「脱炭素社会」や、温室効果ガスを排出しない太陽光発電などの「再生可能エネルギー」という言葉は、どちらかといえば省エネや節約を想起させます。

なぜこれが経済成長につながるのでしょうか。

再生可能エネルギー導入を研究する石井英雄先生は、「脱炭素社会が世界的な関心事になり、そのための技術革新に投資がされる社会になったからです」と説明します。

地球温暖化に対する世界的な取り組みの流れは、下の年表の通りです。

京都議定書が採択された1997年頃と、パリ協定が採択された2015年頃とでは、温室効果ガスなどについての認識が随分変わったことが分かります。


「脱炭素」に向けた世界の流れ

●1997年 京都議定書を採択
京都で開かれた国連気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)で採択された京都議定書は、2008~2012年に先進国全体で、二酸化炭素など6種の温室効果ガスの合計排出量を1990年に比べ少なくとも5%削減することなどを目的とするものでした。ただ、当時先進国と考えられていなかった中国が参加せず、アメリカも締結を見送るなど、まだ「脱炭素社会の実現」に向けて足並みが揃っているとはいえない状況でした。

●2005年 京都議定書発効
2004年にロシアが京都議定書の内容を受け入れ批准したことなどにより条件が整い、2月に京都議定書が発効されました。先進国各国には、それぞれ個別に定められた温室効果ガス排出削減目標の達成が義務付けられ、1990年に比べて6%削減が日本の削減目標でした。この目標は、2016年に国連から達成が認められました。

●2015年 パリ協定を採択
フランス・パリで開催された国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)で、京都議定書以来18年ぶりに採択された気候変動に関する国際的な取り決めが、パリ協定です。京都議定書と異なるのは、アメリカや中国はもちろん、世界のほぼ全ての国といえる約200カ国が参加する協定になったことで、2016年に発効しました。

【パリ協定で決まったことは?】
世界中の国が、産業革命以前と比較して気温上昇を2度未満、可能なら1.5度に抑える努力を行うという目標が設定されました。日本はこの目標を実現するためには2050年までに二酸化炭素の排出を実質的に0にする必要があるのですが、それを明言しないままでした。菅首相の今回の宣言が、初言及になります。



いま国が成長戦略として注力している再生可能エネルギーや関連の技術は、下の図ものです。

それぞれに一長一短がありますが、洋上風力発電や蓄電池といった技術は、技術革新を行い大幅なコストダウンに成功すれば海外にその技術を輸出できるため、日本の新たな基幹産業になる可能性を秘めているのです。

ただ同時に注目したいのは、原子力発電(以下、原発)や火力発電についても、安定した電力供給のために今後も利用する方針を国が取っていることです。

「現時点の技術の見通しでは、2050年に全ての電力を再生可能エネルギーで賄うのは難しい。そのため国は50~65%程度の電力を再生可能エネルギーで賄い、残りを火力や原子力で、と想定しているのです」(石井先生)。

原発は発電の過程で二酸化炭素を生まないため、脱炭素社会の実現には有効です。

しかし、10年前の東日本大震災の際に起きた福島第一原発の事故の記憶が国内ではまだ生々しく、周辺への避難指示は解除が進んでいるものの、事故前同様の暮らしが戻っていない地域が多く残っています。

安倍晋三前首相の政権時から国は、原発を基幹電源として活用するために原発の再稼働を目指していますが、思うようには進んでいません。

「現状では再生可能エネルギーだけでは脱炭素実現には不十分で、原発は必要です。しかしいま原発を再稼働するためには、逆に脱原発に向けた道筋の提示が必要なのかもしれません。短期的に原発を再稼働し、その間に再生可能エネルギーの導入を進め、いずれは原発から脱却するという道筋を求める人は多いでしょう」(石井先生)。

脱炭素社会の実現が進むと、気になるのは電気料金です。

「基本的には新規設備への投資分だけ、電気料金も上がるでしょう。ただし、それを〝痛み〟に感じさせない程度に調整されるのでは」と、石井先生。

電気料金がやや高くなるのは家計にとっては打撃ですが、次世代以降の人たちに、安心して住める地球を残すための必要経費だと思えば、安いものかもしれませんね。


国が注力する「脱炭素」関連の技術

●電力以外に自動車にも影響「蓄電池」

太陽光発電や洋上風力発電といった再生可能エネルギーの弱点は、不安定性です。日々刻々と発電量が変わります。大型の蓄電池が実用化されていればこの弱点を補完でき状況は一変するのですが、現状はあまりにも高価。しかし近年の電気自動車の急速な普及により、価格が大きく改善されています。東日本大震災から10年...原発の今後にも関係する「脱炭素」。世界と暮らしはどう変わる? 2103_P093_01.jpg東日本大震災から10年...原発の今後にも関係する「脱炭素」。世界と暮らしはどう変わる? 2103_P093_02.jpg

●最注目の再生可能エネルギー「洋上風力発電」

海の上に風力タービンを設置し、風を利用して回すことで電力を生む仕組みです。海底に設置して伸ばす着床式と洋上に浮かべる浮体式があります。日本が開発を進める浮体式は洋上に大型で多数のタービンを設置できることがメリット。海に面する国は多いため、外国で高い需要が見込める技術です。東日本大震災から10年...原発の今後にも関係する「脱炭素」。世界と暮らしはどう変わる? 2103_P093_03.jpg

●国が再稼働を推し進める「原子力発電」
東日本大震災以降、国は停止した原発の再稼働を目指してきました。しかし、新しく制定した安全基準に適合するかどうかの確認と住民の理解に、時間を要しています。その中で、今回の成長戦略に「可能な限り依存度は低減しつつも、引き続き最大限活用」などと明言されていることに注目が集まっています。

●石油、石炭を使い続ける技術「二酸化炭素回収」
火力発電で生まれた二酸化炭素を大気中に排出せずに回収して地球温暖化への影響を防ぐ、という考え方とその技術のこと。オーストラリアや中東など石油や石炭の産出国をはじめ、世界中で研究が進められています。ただし、回収技術もさることながら、回収した二酸化炭素を埋める場所や運搬方法などにもまだ課題が。

●二酸化炭素が出ない火力発電「水素発電」
水素を燃料として用いる火力発電のことです。水素は燃焼しても二酸化炭素が発生しないため注目されていますが、水素の製造時に電力が必要になるのが難点です。通常の石油、石炭を使う火力発電で作られる電力を使うと、元も子もありません。「再生可能エネルギーで電力が賄えるようになるのが先決」と、石井先生。

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取材・文/仁井慎治 イラスト/みやしたゆみ

 

<教えてくれた人>
早稲田大学 スマート社会技術融合研究機構研究院教授
石井英雄(いしい・ひでお)先生
1962年生まれ、千葉県出身。東京大学大学院工学系研究科修士課程修了。電力会社勤務や米・マサチューセッツ工科大学客員研究員などを経て、2014年より現職。再生可能エネルギー導入などが専門分野。

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この記事は『毎日が発見』2021年3月号に掲載の情報です。

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