「窪」や「谷」のつく地名は「地盤が軟弱」!? 災害で注目された「危険地名」のウソ・ホント

いまお住まいの土地の地名の由来をご存知ですか? 地名の専門家・今尾恵介さんの新刊『地名崩壊』(角川新書)から、相次ぐ災害で注目が集まる「危険地名」について抜粋してご紹介します。

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東日本大震災後に注目

2011年3月11日に起きた東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)は、マグニチュード9という国内の観測史上最大の地震であった。

津波の規模も過去にほとんど例のないもので、869年(平安時代)に発生して大きな津波被害を伴った貞観(じょうがん)地震以来とされる。

東日本大震災では地震そのものによる建物の倒壊率はさほど大きくなかったが、非常に強力で高い津波の与えた被害が空前の規模にのぼったこと、これに加えて軟弱地盤での液状化が広範囲で発生したことにより、地盤に対する世間の注目度はにわかに高まった。

地形と密接に関わる地名そのものに関心が集まるのは結構なことなのだが、無理解に起因する行き過ぎの例が、例えばある週刊誌に載った「危険・安全な地名につく漢字一覧」と称する表である。

これによれば「軟弱地盤地名」には窪(久保)、谷、沢、 下、 江、 海、 塩、 磯、 浦、浜、 島、 岸、 橋、 舟、 津、 池、沼、井、浅、芦、原、稲(その他多数)などの字が用いられ、「良好地盤地名」には山、峰、尾、丘、台、高、上、曽根、岬、森などがつくとして、ずいぶんと簡単に割り切っている。

この類の特集はほかにも数多く企画刊行され、地名表記に用いられた漢字が土地の安全性を判断する基準になると信じた人も少なくないだろう。

しかし考えてみれば地名から地質や地形を判断するのはずいぶん無謀な話である。

例えば「窪地には窪のつく地名が発生する」という説明は妥当だとしても、順番を逆にして「窪のつく地名は窪地である」と言ったら大きな間違いだ。

狭い範囲を示す小字などを除けば、ある程度の面積をもった現実の大字・町名のレベルでは「窪のつく地名」の大半の領域が窪地ではない。

例えば知名度の高い「クボ地名」の一つである東京都杉並区の荻窪はどうだろうか。

ここの地形を概観すれば、荻窪と名のつくエリア(荻窪・上荻・南荻窪・西荻北・西荻南)の大半は武蔵野台地の上にあり、その南部を流れる善福寺(ぜんぷくじ)川が浅い谷を形成している。

具体的にこのうちどこが地名の由来となった「荻窪」であるのかは特定されていない。

地名の由来については「和銅(わどう)元(708)年にある行者が笈(おい)を背負ってこの地に着き、荻を集めて草庵(そうあん)を結び、笈の中の仏像を安置した」(光明院縁起)とか、字義通りに解釈して「荻の繁茂する窪地」などとするものなどいくつかあるが、いずれにせよその窪地がどんな形状であったかは命名者に教えてもらう以外に知る由もない。

ただ荻窪関連の地名がついたエリアの大半が台地上にあることだけは明確だ。

地名と地形条件が必ずしも一致しないことは、この一例を挙げるだけで十分だろう。

前出の漢字一覧を作成した大学教授は、「このような漢字の用いられた土地は軟弱地盤の傾向がある」と相関関係を示しただけであり、元の論文にはさまざまな留保条件が付けられているのは言うまでもない。

それでも興味本位でメディアに取り上げられた途端に表の文字だけが独り歩きしてしまう。

これが時に「軟弱地盤の漢字は外聞が悪い」として地名を改めようという傾向になることを私は危惧している。

「危険地名」は本当か

震災の後で、「これが危険地名だ」という類の言説が世に溢れた。

例えば宮城県名取市の上余田(かみようでん)・下余田(しもようでん)である。

余田は「よでん(ようでん)」と読むのだが、ある著者は「かつてはヨダと読んだに違いない」と決めつけ、「ヨダは津波を意味するから、津波が来た証拠」と自説を披露している。

しかもヨダを津波とするのは岩手県の三陸海岸の方言だそうで、100~200キロも離れた場所の方言と「かつての読み(推定)」が一致しているからと地名を推測するのは、あまりにも我田引水ではないだろうか。

少しでも地名をかじったことのある人なら、余田の字から連想すべきなのは古代の土地制度である。

福井県越前市(旧武生(たけふ)市)北部に余田町(はぐりちょう)という地名が現存するが、古代編戸例において50戸で1里とすべきところを、それに満たない端数の村に余部(余戸)と名づけた。

素直に考えればその類であろう。

はぐり=余りは現代語の「はぐれる」に通じる。

地名が陥りやすい「擬似科学」

明治期以前から、地名については多方面の学者や在野の研究者、それに愛好家たちがさまざまな側面から研究してきたが、人間の生活――農工業、漁業などの生業関連だけでなく各時代における土地政策や税制などの行政関連、これに加えて民間信仰を含む宗教的な用語、祭礼、雨乞いや豊作祈願などの年中行事や道具の名称や使用法など民俗学的な知見、さらに地理分野では詳細な自然地形の呼称(方言によりさまざま)に始まって河川改修や水防に関する歴史、日照や降水状況といった気候、土地の肥府などといった土地条件など、地名の関わる守備範囲はきわめて広大なので、異分野の学者たちが協同作業で向かわないと解明できない難しさがある。

いずれにせよ歴史的地名の大半は由来が分からない。

「ある大名がこのような理由で変更した」などといった改称の明快な記録が残るものはむしろ例外で、地名を命名した本人に聞かなければ分からないのである。

そのご本人はとっくの昔にこの世の人ではないので、現代人としてできることといえば、各地に分布する同種の地名を比較検討して条件を考慮し、可能性の高い解釈を求めていくことしかない。

「この類の地名は危険」とセンセーショナルに書き立てれば、あるいは本や雑誌が売れるかもしれないが、いわれなき地名へのレッテル貼りが「飲み屋のネタ」の一つにとどまらず、悪くすれば個人資産の価値を下げるおそれがあることを考えれば、地名の由来を自己流で断定し、非科学的な「デマ」を広めるのは厳に慎んでほしいものだ。

いろいろあります!地名の成り立ち

大曲(おおまがり) 川の曲流にちなむものが目立つ。

(秋田県大仙市、宮城県名取市市、佐賀県吉野ヶ里町など)

赤坂 「赤土の坂道」説が優勢。

(東京都港区、群馬県高崎市、愛知県豊川市など)

ママ(真間など)「崖」にちなむ。

(千葉県市川市真間、栃木県小山市間々田、高知県高知市万々など)

 

教えてくれたのは
今尾恵介(いまお・けいすけ)さん

1959年横浜市生まれ。地図研究家。明治大学文学部ドイツ文学専攻中退。日本地図センター客員研究員、日本地図学会「地図と地名」専門部会主査を務める。『地図帳の深読み』、『地図マニア 空想の旅』、『日本200年地図』など著書多数。

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『地名崩壊』

今尾恵介角川新書)860円+税

「ブランド地名」の拡大、「忌避される地名」の消滅、市町村合併での「ひらがな」化「カタカナ地名」の急増。安易な地名変更で土地の歴史的重層性が失われている。地名の成立と変貌を追い、あるべき姿を考えます。

この記事は『毎日が発見』2019年12月号に掲載の情報です。

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