お客様は「神様」か? お店との付き合い方から見えてくるお得な神様

老後資金のために「そろそろ真剣に貯蓄しなきゃな...」と思いつつ、でも実は「お金」について真剣に考えたことはない、という方も多いのではないでしょうか?そこで経済評論家の佐藤治彦さんの著書『お金が増える不思議なお金の話』(方丈社)から、佐藤さんの実体験をもとにまとめた「人生が楽しくなるお金の捉え方」のエッセンスをお届け。まずは身近なところから「お金」について考えませんか?

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「お客様は神様です」とは、客が言ったり、思ったりすることではない

「佐藤さん、ちょっとこれ味見してみてくださいよ」

近くのとんかつ屋で、ときおりそんなサービスをしてくれる。

出てきたのは、海老とサーモンのチャーハンである。あんかけソースもかかっていて絶品だった。とんかつや串揚げの店なのだが、親会社の外食部門にはラーメン屋や中華もあって、店で働いている社員は中華料理で働いた経験もある。だからうまい。

「うまいねぇ、こんなの出してくれると、きょうもとんかつ食わないな」
「甘エビを使ってしまいたかったんです。すいません」

ときには、もう一杯飲もうかどうか悩んでいたら、「これ、業者が見本で置いていった日本酒なんですけれど、飲んでみますか?」。

うまいモノを食べてもらいたい、店にいる時間を楽しんでもらいたい。そんな心づかいをしてくれる店を何軒か持っている。バー、居酒屋、鮨屋、焼鳥屋、フレンチやイタリアンもある。おのずと、その店に通う回数は増えるのはしかたない。ひとつ星、ふたつ星の味の店でも、自分にとっては居心地のいい三ツ星レストランになる。

最近、そんなよくしてくれる店が増えてきた気がする。そういう店なら、人を連れて行くときも歓待してくれるので、気持ちよく会食をすることができる。

有名レストランガイドの星付きレストランも嫌いでない。いや、むしろ好きだ。しかし、初回のときにはそこにどうしても店と客とのせめぎ合いのようなものがあるものだ。これだけ払うんだからと、それに見合ったうまいもの、いいサービスを期待する客。その客を、まるでねじ伏せるかのように隙のない料理とサービスでがんばる店側。そういう緊張関係もときには悪くないけれども、それが日常だと疲れてしまう。

思えば、私によくしてくれる店は自然にそうなったのではなく、そういう関係をつくろうとしてできたものだと気がついた。こちらも人間、あちらも人間。あたりまえのことだけれど、どうも、かつては消費者のひとりとして、あの言葉が身体と心のどこかでにじみ出ていたようだ。

「お客様は神様です」

神様と人間でなく、人間と人間の関係として付き合う。私の場合は自分の中からこの「お客様は神様です」という気持ちを完全に捨てることから始まったと思う。客と店は対等なのだ。おいしい料理を出し、それに対して対価を払ってる。それだけのことだ。あとは、お互いに人間なのだから、気持ちよく時間が過ごせるようにお互いが気を配ればいい。

ときに、鉄人なのか炎の料理人なのか知らないが、食わしてやってるという態度で、いばりくさったラーメン屋などがあるが、二度と行かない。外で並んでまでその店で食べてみたいという客が店に入ったときに「お待たせしました」と言えない店もお断りだ。人としての配慮がない。

反対に、お客のほうも少し配慮をする。お客にリピートしてほしいから、ドリンク券や割引券などのサービスチケットをくれることがあるが、前に街の小さな個人経営の店に老婆が満員のときにやって来て、450円の生ビールサービス券を使って210円の枝豆だけを注文して小一時間いたことがある。

老婆は「私は客だ、金を払う客なのだ」という態度で、堂々と210円だけ払って帰っていった。そのあいだに店は、多くの客に「満席なので」と頭を下げ、帰している。そんな店側への配慮のない下品なことはしたくない。

「お客様は神様だ」という気持ちを客側が思ったら、おしまいなのである。これは、きっと店側だけが言っていい言葉なのだ。もっと言わせてもらうと、嫌な客、ケチな客に対しても、客商売をする側として本音が表に出ないようにするためのおまじないとして、心の中で唱える言葉なのだと思う。

店が混んでいれば、さっさと切り上げる、「きょうは売り上げが悪そうだなあ」と思ったら、ちょっといいワインを注文する。もしくは、閉店時間が近かったら、一杯くらいごちそうする。おいしい料理にはおいしいと伝え、いいサービスには感謝の気持ちを表わす。

日本にはチップというものはないけれども、かつてはそこそこの料理屋では仲居さんや給仕の人に心づけを渡したものだ。だから、貸し切りで店を使ったときなどに思った以上にサービスをしてくれたり、会が盛り上がって予定の時間を過ぎて店を使わせてもらったとき、「昨年は楽しく歓待してくれて心地よかったなあ」と思った正月などに、ちょっとした心づけを渡す。それが、次の関係もつくってくれるのだ。

美容院は、きれいな女性をより魅力的にすることをしたい人たちが集まって仕事をしている。そんな美容院で働く新人の仕事は過酷だ。1日じゅう立ち仕事で、給料は安い。手が荒れる者もいる。だから、せっかく美容学校を卒業して職に就いたとしても、長続きする若者は少ない。

それが、こんなおじさんにも一生懸命にシャンプーをしてくれる若者に「じょうずだね、さっぱりしたよ」と笑顔で伝える。旅行に行ったら、ちょっとしたお菓子を買ってくる。「きょうはいそがしくて昼ごはんが食べられなかった」という話を聞いたら、近くでファストフードの差し入れを買って戻ってみる。

整体の店は施術時間でチャージされる。自分のようにでかくて身体がかたい人間も、同じ料金だ。施術してくれる人の疲労を想像すると、もうしわけないと思う。それなのに、私の担当は「きょうはすごく凝ってますね、仕事がいそがしいんですか?」と言って、ときに黙って時間を延長までしてくれることがある。ありがたい。感謝でしかない。

担当は、酒好きなので、ときにうまいボトルをまわしたり、こちらも年末には「感謝」と書いてポチ袋を渡す。期待以上のサービスをしてくれたことに、消費者としてきちんと対応するのはあたりまえのことだ。

店に予約の電話を入れたり、店の扉を開くときに、単なる顔なじみというだけでなく歓迎されていると感じられる場所を持っていることは、大人の喜びだといいたい。

私は、自分がどれだけの資産を持っているのかをまわりに吹聴するがごとく、金ピカの生活を送るための経済力を欲しいとは思わないが、自分が時間をすごす場所でちょっとした交流をする人たちに対する配慮を、言葉だけでなく形にするだけの少しばかりの経済力は欲しい。

今年も、もうすぐ熱い夏がやってくる。私の住むマンションの玄関には500ミリリットルのミネラルウォターを何本か置いてある。缶コーヒーもある。これらは、宅配、郵便局、集金などで訪れた人に「ありがとう」の言葉とともに1本渡すことにしている。みなさん、たいへん喜んでくださる。

夏になると、それらを玄関でなく冷蔵庫に入れて冷やしておき、インタホーンが鳴って応対したら、冷たい飲み物を出して渡す。このところ続く酷暑の夏の昼間に外で働いてくださる人がいるから、日本のシステムは機能している。

仕事だから届けてくれるのがあたりまえでなく、ちょっとした心づかいをしてみる。私の家にそんな用事があって来た人が、笑顔で帰っていくのを見るのが何よりもうれしい。そして、私は思っている。料理屋の、美容院の、整体の、宅配の人たち。あの笑顔で働く人たちこそ神様だ。

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佐藤治彦(さとう・はるひこ)

1961年生まれ、東京都出身。経済評論家。慶應義塾大学商学部卒、東京大学社会情報研究所教育部修了後、約5年間JPモルガン、チェースマンハッタン銀行勤務。退職後は金融誌記者、国連難民高等弁務官本部でのボランティアなどを経て独立。各メディアで、コメンテーターとしても活動中。

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『お金が増える不思議なお金の話―ケチらないで暮らすと、なぜか豊かになる20のこと』

(佐藤治彦/方丈社)

貯金できない人の最大の原因、それは「お金との付き合い方を間違っている」こと。ケチらず使って心を豊かにすれば、「きっとお金は自然と増える!」という経済評論家のエッセイ。実体験をもとにまとめた20のエピソードで、楽しくおトクにお金のことが学べます。

※この記事は『お金が増える不思議なお金の話―ケチらないで暮らすと、なぜか豊かになる20のこと』(佐藤治彦/方丈社)からの抜粋です。

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