身近な社会問題として注目を集める、パワハラ=パワーハラスメント。今や労使紛争のトップになったパワハラは、どうすればなくせるのでしょうか。カギとなるのは「命令する上司」から「動機付ける上司」への転換。10万人以上に講演・指導を行ってきた和田隆さんの『パワハラをなくす教科書』(方丈社)から、これだけは知っておきたい「パワハラをなくす方法」について、連載形式でお届けします。
受容には「理解」が必要
良好なコミュニケーションとは、次のような流れで成立します。
話し手は自分が考えていることや気持ちを、丁寧に伝えます。丁寧に伝えれば、聞き手側に届きます。聞こえたことを「理解」し、理解できると「受容」することができます。受け入れることができた聞き手は、丁寧に「応答」します。
話し手が丁寧に伝えることも大切ですが、実は聞き手側の受け止め方のほうが重要です。聞こえてきたものを「理解」して、「受容」するかしないかで、良好なコミュニケーションが成立するかどうかが決まるのです。
理解できることが受容の条件で、受容できると適切な応答ができるわけです。
しかし、人それぞれ、年齢・性別・性格・経験・実績・考え方・役割などに応じて、自分の中に判断の枠組みを形成しています。人は必ず、その判断の枠組みを介して相手の言葉や行動を受け止めているものです。同じ共通言語で話していても、他者とは違う枠組みを持っているので、どうしてもズレが生じてしまいます。
コミュニケーションをするときは、自分が思っているように必ずしも相手は受け止めないということを前提にする。そして、相手がどんな枠組みを持っているのか理解しておく必要があるのです。
相手の思考や感情、欲求などは目に見えません。相手がどんな気持ちなのか、どんな欲求なのかということをできるだけ、理解しようとすればするほど、受容につながります。ここでも必要になるのは、観察です。
部下から「仕事に対して積極的になれない」と言われ、その言葉だけを切りとれば、「何を言っているんだ!」ということになります。
しかし、よくよく話を聞き、最近、子育てに悩みがあるということがわかれば、「大変だったんだな」「頑張ってるんだな」ということにもなる。
相手との対話の中で、状況をつかんだり、気持ちを理解したり、欲求を把握したりできると、受容できるようになります。できるだけ相手を知る。見えない内面も問いかけによって理解する。相手に関心を持ち、理解する。聞き手側にはこうした受容の姿勢が大事なのです。
もちろん、不適切な行動まで受容しろということではありません。本人の気持ちや価値観、大切なものを受け入れるのです。
理解を絶対条件にしない
一方で、理解にも限界はあります。たくさんいる部下の中には、どうしても理解できない人はいるでしょう。それは、夫婦関係でも親子関係でもあるものです。しかし、その人たちと一緒に生きていかなくてはなりません。理解を絶対条件にしていると、受容できなくなってしまいます。
例えば、犯罪者を対象にカウンセリングを行うカウンセラーもいます。犯罪をしたということに対して理解はできません。でも、その人の存在を受けとめていくのです。罪を犯したことを理解するということは飛ばして、その人を受容するのです。目の前の人は、困っている人であるということを前提として、その人の心にあるものをカウンセラーという立場で聞いてあげるとなれば、受容することができる。
理解する努力は必要ですが、理解するという過程を飛ばしてしまうこともできるのです。まったくタイプの異なる上司と部下がうまくいっているとき、こうした理解を飛ばしてしまっていることがあります。
そんな上司はこんなことを言います。「何を考えているのかまったくわからない。でも、自分の部下だから」
これはもはや、達人の域といっていいほどですが、敵だと思ってしまったら、理解することも受け入れることもできません。しかし、大切な仲間だと思ったら、受け入れられるのではないでしょうか。それを、「君は違っている!」と拒絶し、全否定したら、人は絶対に動いてはくれません。
相手を理解しようと努力する。ただし、理解できなこともあるので、思い切って理解という条件を捨てると、人を選ばずうまくいくものです。
「大切な部下である」というのを前提としたとき、必ずしも理解を絶対なものにしなくてもいい。目の前にいるのは誰なんだ?ということです。目の前にいるのは対等なパートナーであり、大切な部下である。対等であると思えた瞬間、受け入れる用意が整ったといえるでしょう。
アクションとリアクション
受容はコミュニケーションにとって、重要な要素です。セミナーなどで、「親子関係や夫婦関係で受容ができるようになったら、部下に対しては簡単ですよ」と話すと、笑いが起きます。
受容とは、自分の存在を受け入れてくれること。つまり、パワハラとは真逆の行為です。では次に、部下側が上司からの仕事の要求をどう受け止めるのか、パワハラとの関係を考えていきましょう。
仕事への要求が業務の適正な範囲外だったとき。コミュニケーションがうまくとれていない上司から、業務の適正な範囲外の仕事の要求があったとき、部下は当然、「反発」します。このとき、「パワハラ」という言葉が出てきます。
しかし、コミュニケーションがとれている上司からの命令が、本来の業務から逸脱していたとき、部下は「混乱」します。
自分のことをよく理解してくれる、話もわかってくれる上司が言うことだけれど、仕事とはまったく関係ない、あるいは、不適切な行為を命じられたりしたら、葛藤もするでしょう。混乱し葛藤はするけれども、「パワハラ」という言葉はあがりにくい。そして、その状態に次第に慣れ、おかしいとは思えなくなり、パワハラ行為が常態化してしまいます。
行為自体がパワハラ的であっても、「パワハラです!」という訴えが出るか出ないかは、関係性によって変わってくるのです。もちろん、関係性が大事だといっても、上司からの仕事の要求は常に業務の適正な範囲内であるべきなのは大前提ですが。
では、上司からの仕事の要求が、業務の適正な範囲内で、部下との関わり方が上司からの一方通行だった場合はどうなるでしょうか。
業務と関連するので、部下は理解し、行動に移します。しかし、一方的な指示命令ばかりが続くと、部下は上司に依存してしまいます。積極的でなくなり、指示命令に従って動くロボットになってしまう。これはよいマネジメントではありません。
そして、部下があまりに従順すぎると、上司のパワーが大きくなり、そのパワーを適正に行使しなくなる。業務外のことを命じるなど、パワハラ行為に移行しやすくなります。適正な範囲内だったとしても、関係性次第でパワハラへと移行するリスクがあるのです。
部下は納得し受容できるのは、仕事への要求が業務の適正な範囲内であり、コミュニケーションが双方向でうまくいっているときです。上司から部下へ、部下から上司へ、双方向性のやりとりが成立していることが重要で、コミュニケーションを大切にするということが部下の受容度を高めるのです。
つまり、部下が納得して仕事をするかどうかは、指示命令をする上司の関わり方で決まるのです。上司のアクションに対して、部下のリアクションがあるわけです。アクションがよければ、リアクションもよくなります。アクションが悪ければ、リアクションだって悪くなります。
アクションに応じて、リアクションがあるということを理解すれば、「部下が悪い」と言っても、自分のアクションにも悪いところがあったのではないか?と気付くことができるのではないでしょうか。
仕事も人と人とが関わりながら行っていることです。そこには当然、人の気持ちが含まれます。自分の気持ちを押し付けるのではなく、部下の話にも耳を傾ける。自分というものはとりあえず抑えて、部下の話をじっくり聴いてあげる。それができれば、部下は自分が大切にされている、上司は聞く耳を持ってくれていると思える。コミュニケーションによって、相手は変わっていくのです。
パワハラがなぜ生まれるのか。その理由を企業の体質や構造から解明し、改善方法が解説されています。管理職となったあなたが抱えている問題を解決するヒントがまとめられています