歌人・伊藤一彦先生が紹介する「短歌のじかん」。今回は全国の高校生が競い合う「牧水・短歌甲子園」からの作品をご紹介します。
若山牧水の生誕の地、宮崎県日向(ひゅうが)市で今年も「牧水・短歌甲子園」が開催されました。今年で9回目で、作品予選を突破した全国のチームが出場しました。1チームは3人で、題詠の短歌を競い合いました。紅白の両チームの作品と討論の具合を見て審査委員が勝負を決めます。
今年の題の一つは「令」でした。元号に使われた「令」の字から高校生がどんな歌を作るか興味津々でした。
命令をしないでおくれお母さん
言われる度に重くなる腰
筑紫女学園高等学校 中溝深月(みづき)
命令をされると、かえってヤル気をなくしてしまうので、命令はやめてくれという歌です。確かに高校生のころは親からの独立心が強くなる時期ですね。「しないでおくれ」の「おくれ」を付けた言い方は柔らかく、これなら喧嘩にならないですね。
水香るスタート台に手をかけて
号令までの孤独を抱く
岩手県立盛岡第三高等学校 及川亜美
今度は学校生活での「令」。すなわち「号令」の語を使った作品です。体育の時間の水泳の授業でしょうか。「水香る」がさわやかで、第2句以下は場面をしっかり描いています。「孤独を抱く」から号令前の緊張感がよく伝わりますね。
「恋」の題もありました。
海底の隆起で生まれたこの町で
恋をしているダイナミックに
石川県立金沢錦丘高等学校 沖村采城(あやき)
自分の住んでいる町についての「海底の隆起」で生まれたという表現が、作者の恋心の「隆起」を暗示して巧みです。
流星群見上げる夏のベランダに
叶わなかった母の恋聞く
宮崎県立宮崎南高等学校 浦田ゆり
まず上の句の場面がロマン豊かでいいですね。母親が叶わなかった恋の話を作者にしたのは何がきっかけだったのでしょうか。いずれにしても、母の話を一言も聞き漏らすまいとしている作者の心が印象的です
<伊藤先生の今月の徒然紀行 15>
私の住む宮崎市から西の方へ車で分ほど行ったところに東諸県(ひがしもろかた)郡の国富町があります。日本三大薬師の一つである法華嶽(ほけだけ)薬師寺があることで知られています。この法華嶽薬師寺には和泉式部伝説が残っています。
和泉式部といえば、恋の歌人として知られています。「百人一首」の「あらざらむこの世のほかの思ひ出に今ひとたびの逢ふこともがな」は皆さんもよくご存じだと思います。和泉式部は自分の業病を治そうとして法華嶽薬師寺に参ったというのです。その業病は恋の遍歴のためだったなどとも言われていますが、その恋の歌は多彩です。秋の夜に彼女の歌を読んでみませんか。