仕事や子育てもひと段落したけど、新しく何かにチャレンジすることをためらってはいませんか?そんな人に向けて、『失敗図鑑 すごい人ほどダメだった!』(大野正人/文響社)から、誰もが知る偉人たちの大失敗エピソードをお届け。歴史に名を残す偉人の驚くべき逸話が、あなたの人生の「新しい発見」を後押ししてくれるはずです。
人の意見が聞けない
【人物】ジークムント・フロイト
【出身地】オーストリア
【どんなことをした人?】精神医学者
何かにぶつかったときや、だれかにたたかれたとき、「いたい!」と感じるのはどうしてでしょう? それは、体中にはりめぐらされた神経が、しげきを感じ取り、脳にじょうほうを送るからです。
でも、体に何もしげきがなく、神経におかしいところもないのに、いたみを感じる人がいます。今から百年以上も前、このような人は「ヒステリー」とよばれ、お医者さんたちをなやませていました。
そんな中、あるひとりの医者がこんな方法を見つけました。
その方法とは、「わすれていた」「わすれたいと思っていた」できごとを本人に話させるというもの。そうすると、なぞのいたみをうったえていた人が、ケロリと元気になったのです。
この方法を発見した医者の名は、ジークムント・フロイト。かれは、こんなことが起こる理由について、こう考えました。
「自分でもわからないうちに心をいためていて、それが、体のいたみとして出ていたのではないか。それを言葉として出したことで、体のいたみも消えたのではないか?」
それからフロイトは、「心には、まだまだかくされたひみつがある」と、心の研究にはげむようになりました。
自分の心は、自分が一番よくわかっている。そう思いがちですが、じつは、それは心のほんの一部。それ以外の、自分でもよくわからない部分を、フロイトは「無意識」と名付け、その無意識こそが、わたしたちの気持ちや行動を決めていると考えました。
このような研究は、今では「心理学」とよばれています。そう、フロイトの研究は、後に算数や国語のような学問のひとつとして、みとめられたのです。
まさに心のプロフェッショナルだったフロイトですが、それでも、失敗からはのがれられなかったようです。
心の研究に人生をささげたフロイト。でも、心という、これまでになかったものの研究は、なかなか周囲にみとめてもらえませんでした。それでも負けずにがんばり続けたことで、少しずつ、いっしょに研究してくれる仲間がふえていきました。日夜、多くの仲間がフロイトのもとに集まり、心について話し合うようになったのです。
でも、ここで、フロイトは失敗しました。
心の研究は、まだまだ始まったばかり。わからないことも多かったので、仲間たちもいろいろな考えをもっていました。たとえば、自分が「ほしい」「したい」と思うことを欲求と言いますが、フロイトは「欲求によって、気持ちが作られる。だから、欲求を知ることで、人の心がわかる」と考えました。
しかし、仲間の中には、「欲求以外から生まれる気持ちもあるはずだ」と考える人もいたのです。
そのような、自分とはちがう意見を、フロイトはみとめようとはしませんでした。むりやり、自分の考えに当てはめようとしたのです。
「それはまちがっている。それは私の説で言うところの、これにあたり......」
このようなことが続いたため、フロイトをそんけいしてやってきた多くの人が、やがて、フロイトのもとから去っていきました。
そう、心のプロだったフロイトですが、自分の頑固な心をおさえることができず、大切な仲間を失っていたのです。
人には、「どうしてもゆずれない部分」があるものです。フロイトにとってそれは、自分の長年の研究の中からみちびき出した、心のしくみだったのでしょう。それを否定されることは、自分自身を否定されることと同じくらい、ツラいことだった。だから、仲間の意見をかんたんに受け入れることは、できなかったのです。
その結果、フロイトとはちがう心のしくみを考えた人たちは、フロイトからはなれていきました。その中には、ユングやアドラーなど、後に世界的な心理学者となる人もいました。
このような人たちとケンカ別れをしたことは、たしかに、もったいないことだったかもしれません。しかし、ユングもアドラーも、フロイトからはなれ、自分の力で研究を続けたことで、心理学の世界は大きく広がり、今も多くの人に学ばれる学問へと成長したのです。
そう考えると、フロイトがどうしてもゆずれない部分を守りぬいたことは、失敗ではなく、むしろ成功だったとも言えます。
そもそも、人と人とのつながりは、出会いと別れをくりかえしながら、たえず変わっていくものです。
友だちや仲間と意見が合わず、ケンカ別れをすることがあるかもしれません。仲良くできないということは、とても悲しいことです。でも、自分がいっしょうけんめいに考えて、出した答え。そして、その答えを何よりも大切に思っているなら、それをすててまで、だれかと仲良くする必要はないのかもしれません。
イラスト/死後くん
ベートーヴェンからスティーブ・ジョブズまで、世界の偉人23人の失敗がポップなイラストと一緒に紹介されています