俳句の井上弘美先生と、月ごとのテーマに合わせて俳句から学んでゆく、「毎日が発見」本誌の人気連載「俳句のじかん」。8月は「こころの静寂を詠む」というテーマで2つの句をご紹介します。
水の面の雨脚(あまあし)せつに白木槿(しろむくげ) 岸田稚魚
8月8日は立秋。暦の上で秋が訪れても残暑は厳しいのですが、秋の花々が季節の移ろいを告げています。
「木槿」は白、薄紅、淡い紫などがあり、初秋の頃から華やかに咲きます。しかし、朝咲いて夕方には萎しぼむ一日花で、「槿花一日の栄」などとはかない栄華のたとえとされてきました。この句は、白い木槿と、水面を強く打つ「雨脚」を取り合わせて清らか。「雨脚せつに」という表現が冴えています。
作者は1918年、東京生まれ。「琅玕」を主宰。都会的な作風で一時代を築きました。1988年没。享年70。
貝殻を踏みて秋思(しゅうし)の歩を返す 藤木倶子
日中は暑くても、夕風が立ち、虫が静かに鳴き始めたりすると心も落ち着きます。
この句は「貝殻を踏み」とあるので、海辺を散策しての作品。作者の生まれ育った八戸の海が思われます。秋の澄んだ海を眺めていて、次第に思いが深くなっていったのでしょう。静かな「秋思」のままに来た道を戻ったという内容で、「貝殻」に美しく澄んだ詩情があります。
作者は1931年、青森県生まれ。「たかんな」主宰。八戸にあって風土をこよなく愛し情感のある作品を詠みました。2018年没。享年87。遺句集『星辰以後』よりの一句。