井上弘美先生に学ぶ、旬の俳句。3月は「名所で詠む」というテーマでご紹介します。
女身仏に春剥落のつづきをり 細見綾子
3月に入ると風も柔らかくなり、野の草花も咲き始めます。この句は作者の代表句で、3月の初旬、奈良の秋篠寺で伎芸天と出合って詠まれました。
伎芸天は瞑想的で優美な立ち姿で知られていますが、それを「女身仏」と官能的に表現。美しい仏が、いつからか剥落し始め、「春」を迎えたいまも剥落し続けていると捉えたのです。春という明るい季節に凋ちょう落らくし続ける姿を、美的に捉えた深い作品です。この作品を収めた句集『伎芸天』は芸術選奨文部科学大臣賞を受賞しました。
作者は1907年に兵庫県に生まれ、97年に没。享年90。
春めくや石庭に石生まれさう 佐怒賀正美
この句には「南禅寺」という前書きが付いています。京都南禅寺の庭は、江戸時代初期に小堀遠州が作庭。いわゆる禅寺の枯山水です。
この庭の特徴は、大きな石を横倒しにして配置するなど、自由な発想によって造られている点にあります。そんな「石庭」を眺めていると、春の陽気に誘われて、新しい「石」が生まれそうだと思ったのです。静止した庭に、躍動感を感じ取っているのでしょう。型にはまらない庭が、自在な発想を生み出したのです。
作者は1956年、茨城県生まれ。現在「秋」主宰。近刊句集『無二』よりの一句です。