俳句の井上弘美先生と、月ごとのテーマに合わせて俳句から学んでゆく、「毎日が発見」本誌の人気連載「俳句のじかん」。7月のテーマは「生きものを詩的に詠む」。蝶や鳥を詠んだ2句の解説をお届けします。
磨崖仏おほむらさきを放ちけり 黒田杏子(ももこ)
「オオムラサキ」は紫色の地に白い斑紋をもつ大型の美しい蝶で、国蝶に指定されています。俳句では大型の蝶は夏の季語です。一方「磨崖仏」は大岩などに彫った佛のこと。この磨崖仏(まがいぶつ)は佐渡市宿根木(しゅくねぎ)の海蝕洞(かいしょくどう)に彫られたものだということです。
実際は磨崖仏の傍から蝶が飛んだのでしょうが、「磨崖仏」が「おほむらさき」を放ったと表現したことで、おおらかで荘厳な句になりました。明るい海も見えてまばゆいばかりです。
作者は1938年、東京生まれ。『藍生』(あおい)創刊・主宰。蛇笏賞などを受賞。現代を代表する作者の秀吟です。
青葉木菟月光にこゑ濡らしゐる 橋本榮治
「青葉木菟」(あおばずく)はフクロウ科の鳥。青葉の頃に日本にやって来て、秋に南方へ去ります。
「青葉木菟」は、昼間は梢で眠っていますが、夜になると「ホーッ、ホーッ」と寂しげな声で鳴きます。月光の差し込む森に鳴く青葉木菟を、「月光」に声を「濡らす」と表現した点が鮮やか。しかも「ゐる」と現在進行形にしたことで、夜の森に響く声が聞こえてきます。感覚の冴えた句で幻想的。しっとりとした詩情が感じられます。
作者は1947年、横浜生まれ。『枻』『件』の編集発行人で、現代を代表する作家として活躍中。近刊句集よりの一句。