雑誌『毎日が発見』で好評連載中の、医師・作家の鎌田實さん「もっともっとおもしろく生きようよ」から、今回は鎌田さんが「毎日実践していること」について語ります。
日本は幸福度の低い国
毎年、国連の世界幸福度調査が発表されています。一人当たりのGDPや健康寿命、社会の自由度、他者への寛容さ、汚職や腐敗のなさなどを数値化してランキングを決めています。
2019年のランキングでは、調査対象の156カ国中の1位はフィンランド。2位はデンマーク、3位はノルウェーと北欧諸国が上位を占めています。日本は前年の54位からさらに落ちて58位とあまり振るいません。
日本の健康寿命は、世界でトップクラスですから、社会の自由度や他者への寛容さ、汚職や腐敗などで問題があるのかもしれません。
また、このランキングは、各国民の主観的な幸福度を反映している点も注目すべきでしょう。「自分が幸福かどうか」0~10までの数字をアンケートで調査しているのです。日本人は、幸福度を10点満点だとすると、5点くらいに答える人が多いのだそうです。松竹梅なら、竹と答えたくなる心理と同じです。
ぼくたちの国の構造が、幸せを感じにくくなっているとしたら、選挙で政治を動かしていく努力が必要です。と同時に、自分の幸福観についてあらためて、じっくりと考えてみることも大切なのではないでしょうか。
たまには哲学書を読んでみませんか
ぼくは、アランの『幸福論』(白井健三郎訳、集英社文庫)が好きで、何度も繰り返し読んできました。アランがフランスの高校の哲学の教師だったこともあり、とても読みやすいのも魅力の一つです。いろいろな「幸福論」の入門編と考えていいと思います。
代表的な言葉は、「幸福だから笑うわけではない。むしろ、笑うから幸福なのだ」。 幸福について難しく考えがちですが、このアランの言葉はふっと力みを取り除いてくれます。笑うことは、幼い子どもでも自然にできること。幸福になることはとても簡単なことと思わせてくれます。
アルトゥール・ショーペンハウアーの『幸福について-人生論-』(橋本文夫訳、新潮文庫)もぼくの愛読書です。「人は幸福になるために生きている」という考えは、人間生来の迷妄である、と断言しているところが痛快です。それでも幸福を求めてしまうのが人間。ならば、もっともっとおもしろく生きようよ、という精神が感じられます。
健康と幸福の共通点
数学者で哲学者、人道的理想主義者であるバートランド・ラッセルの『ラッセル幸福論』(安藤貞雄訳、岩波文庫)は、好奇心や外界とのかかわりを重視しています。自分の関心を内へ内へと向けるのではなく、外界へと好奇心を抱くことこそが幸福獲得の条件であると説いています。まったくその通りだと思います。
アメリカのブリガムヤング大学の研究では、健康寿命を延ばすのに大きく影響しているのは「太り過ぎない」「運動する」「酒を飲み過ぎない」「たばこを吸わない」という4項目よりも、「社会とのつながりの多さ」だと結論づけています。これは幸福度を高める要因としても重要なポイントです。
「健康」と「幸福」はイコールではありませんが、健康は、幸福になることを応援してくれます。健康になるためにも、幸福になるためにも、心を外に向ける。そして、ほんの少しでいいから、だれかのために生きる。すると、自分自身の生きる意味が見えてくる、とぼくは考えてきました。
おいしいものを食べ、体を動かし、ぐっすり眠る
鎌田の「幸福論」は哲学者のそれと違い、もっと簡単で現実的です。どんな状況でも「幸せ」を実感できるように、幸せホルモンのセロトニンを増やすことが大切と考えます。
日本人はセロトニンのレセプター(※ホルモンなどと結び付いて作用するたんぱく質のこと。受容体)が欧米人に比べて少ないという研究論文もありますが、生活習慣を見直すことで、もっとセロトニンを多く分泌することができます。
セロトニンの材料は、必須アミノ酸のトリプトファンです。肉や魚、チーズ、豆類...など、おいしいものにこのトリプトファンが含まれています。鎌田の健康法はおいしいものを食べることをすすめています。それは幸せで、なおかつ健康になるためです。
食べたら、太らないために運動が必要です。リズミカルな運動をするとセロトニンが分泌されることがわかっています。朝、太陽に当たって、ラジオ体操やウォーキングをするとよいでしょう。鎌田式かかと落としもおすすめです(方法は、1.背筋を伸ばして立つ、2.両足のかかとを上げて3秒キープ、3.かかとをストンと落とす。これを1日30回行う)。
筋肉を刺激すると、チャレンジ精神が旺盛になるホルモン、テストステロンも出やすくなります。少々の障壁があっても、何くそと突破する力になるでしょう。
日中、分泌されたセロトニンは、夕方になるとメラトニンに変わり、よい睡眠へと導いてくれます。ぐっすり眠ることができれば、うつうつとした気持ちも晴れてきます。
こうして考えてみれば、ぼくの幸福論はシンプルです。おいしいものを食べ、体を動かし、ぐっすり眠るという三つが実現できれば、幸福の基本は満たしていると思います。
大切なのは、人の尺度に惑わされないこと
何を人生の幸せとするか、それは人によって大きく異なります。そして、同じ人でも年齢や体験とともに変化していくものでしょう。どんな幸福観も、自分で考えたものならそれでよいのです。
残念なのは、人と比べて幸福かどうかを判断すること。世間体や同調圧力といった見えない力に屈せず、自分の考える幸福をまっとうしてこその人生ではないでしょうか。