「彼岸」と「此岸」をつなぐ橋。現代中国のウイグル世界を歩く/旅行作家 下川裕治さんのシルクロード紀行

三蔵法師が歩いた道のりを、旅行作家の下川裕治さんが辿ります。今回の舞台はクチャ。橋の向こう側には、静かに時を刻む異世界が広がっていました。

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一つの橋を越え ウイグル人のバザールへ

不思議な橋がある。正式な橋の名前は知らない。渡り口には「団結新橋」と書かれているのだが、反対側には「亀茲古渡」と刻まれている。

クチャにあるこの橋を渡ると、世界は一変する。羊肉のにおいが漂いはじめ、急に空が広くなる。ビルがなくなるのだ。橋の手前と向こう側では、流れる時代が20年は違う気になる。漢民族の街からウイグル人の街へ。この橋はその境界である。

「彼岸」と「此岸」をつなぐ橋。現代中国のウイグル世界を歩く/旅行作家 下川裕治さんのシルクロード紀行 1812p106_05.jpgこの「団結新橋」を渡った先がウイグル人の住む旧市街。

 

橋を渡り終えたところに、青空バザールが広がっている。

現代のシルクロードは、かつての天山(てんしゃん)北路、天山南路をなぞるような道筋だ。天山北路はウルムチからカザフスタン、ウズベキスタンへと抜ける。天山南路はタクラマカン砂漠の北縁を進む。道筋には、コルラ、クチャ、アクス、カシュガルと大きな街が連なっている。

「彼岸」と「此岸」をつなぐ橋。現代中国のウイグル世界を歩く/旅行作家 下川裕治さんのシルクロード紀行 1812p107_01.jpgこの青空バザールに入るにもセキュリティーチェックがある。

 

どちらの道も何回か通過した。中国政府が掲げる経済政策である「一帯一路」の中で、天山南路の変化が激しい。中でもクチャの発展には、行くたびに戸惑ってしまう。ポプラの並木が続くシルクロードらしい街並みが消え、ビルが林立する風景に様変わりした。郊外には石油のコンビナートが稼働している。

ビルの谷間を歩いていると、どうしてもあの橋の向こう側に行きたくなってしまう。市街地からバスに乗る。終点がこの橋だ。橋を渡ると、いつも伸びをしたくなる。羊肉のにおいに包まれ、青空バザールを見渡す。

「彼岸」と「此岸」をつなぐ橋。現代中国のウイグル世界を歩く/旅行作家 下川裕治さんのシルクロード紀行 1812p107_05.jpgバザールや街には香辛料屋が多い。ウイグル料理の必需品。

 

露店に座り、羊の腸に米を詰めた「羊小腸」を指さす。黙っていると、丼いっぱいに盛られてしまうので、1本か2本にしてもらう。これで2元か3元。50円もしない。橋を渡った途端、物価が半分以下になる。

 

「彼岸」と「此岸」をつなぐ橋。現代中国のウイグル世界を歩く/旅行作家 下川裕治さんのシルクロード紀行 1812p106_01.jpg青空バザールで「羊小腸」。けっこう腹にたまる。

 

バザールの先にはウイグル人街が広がっている。ひげ面の老人が、昼からケバブにかじりついている。その店でお茶を1杯。茶葉は粗悪だが、カモミールの香りが漂ってくる。最近、このあたりでははやりのお茶だと、店の主人は笑顔をつくる。

「彼岸」と「此岸」をつなぐ橋。現代中国のウイグル世界を歩く/旅行作家 下川裕治さんのシルクロード紀行 1812p107_02.jpg僕が行きつけのお茶屋。

 

「彼岸」と「此岸」をつなぐ橋。現代中国のウイグル世界を歩く/旅行作家 下川裕治さんのシルクロード紀行 1812p107_03.jpg羊肉の具が入ったパンは一つ1元、約16円。

 

しばらく前まで、客が荷台にちょこんと座る馬車が走っていた。運賃は1元。ポプラ並木を馬車に揺られると、シルクロードを隊商が行き交った時代を走っている気分になったものだ。

「彼岸」と「此岸」をつなぐ橋。現代中国のウイグル世界を歩く/旅行作家 下川裕治さんのシルクロード紀行 1812p107_04.jpg羊肉は鮮度が命。客の見る目は厳しい。

 

シルクロードは時代とともに変わっていく。交易の道は、周辺国のパワーバランスに敏感だ。シルクロードの伝統を引き継ぐウイグル人たちは、中国政府の政策を左目で眺めながら、右目でケバブの焼き具合を見るように生きている。

ウイグル人を監視するように道の端々に立つ公安を横目で眺めながら、「きっとまた、自由なシルクロードの時代が戻ってくるさ」と言いたげに、橋の向こうに広がるウイグルの世界を守り続けている。

 

写真/中田浩資

 

 

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)さん

1954年、長野県生まれの旅行作家。バックパックを背負いながらアジア中心に世界各国を歩いている。

この記事は『毎日が発見』2018年12月号に掲載の情報です。

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