映画『サバカン SABAKAN』は、1986年の長崎を舞台に、「イルカを見に行こう!」と冒険の旅に出た2人の少年のすがすがしい友情物語。彼らを見守る大人たちの優しいまなざしも心にしみます。草彅剛さんが演じるのは、"ひと夏の冒険"を回想する作家・久田。持ち前のソフトなヴォイスで語られるナレーションがノスタルジーをかきたてます。
物語を書いた金沢監督は、すごい! 天才です
――出演のきっかけは?
5年ほど前になるのですが、ラジオ番組で、この物語の朗読劇をやる企画があって、全ての登場人物を声で演じたんです。
でも急に、その企画自体がボツになって。
ま、この業界ではよくあることですが(笑)。
でもその時、けっこう手応えを感じていて、涙が出てきて読めなくなったりもして。
その番組の担当ディレクターが、今回の映画の監督でもある金沢(知樹)さんだったんです。
しかも物語も彼が書いたと聞いて、「すごい! 天才じゃないか」と思ってしまいました。
――では、映画化をすすめたのは草彅さんですか?
それが違うんですね(笑)。
ちょっと忘れかけた頃に「映画にします」というお話を聞いて、だったら、お手伝いしたいなと思って。
実は、ラジオの時には作家の役はなかったのですが、映画では作家になった久田が少年時代を振り返るという構成に。
「なるほどなぁ」と感心しました。
それになにより、挑戦的と思いました。
僕がトランスジェンダー役に挑戦した映画『ミッドナイトスワン』(2020年)もすごく攻めた作品ですが、今作も同じように攻めている。
もっとも今回は僕というより、2人の少年と初めて映画を撮る金沢監督の挑戦。
ほとんど演技経験のない少年たちが、長い間長崎に滞在して映画を作る。
めちゃくちゃ一生懸命に頑張って演じている少年たちのあふれ出る感情を、監督がうまくすくい取っているし...。
そう、昔、『スタンド・バイ・ミー』を見た時に受けた衝撃を思い出したりしました。
とにかく、そういう挑戦的な作品が大好きだから、携われることがうれしかったのです。
少年時代の思い出は、いまにつながって僕の"核"となっています
―― ご自身の少年時代を思い出したそうですが?
「イルカを見に行こう!」じゃないけれど、隣町にカブトムシを捕りに行くとか。
あの頃の僕にとって、自転車で隣町に行くのが最大のイベントでしたから。
あの2人の気持ちがとてもよく分かりますね。
―― 優柔不断で弱虫な久田(久ちゃん)と負けん気でグイグイいく竹本(竹ちゃん)。草彅さんは、どちらのタイプ?
う~ん、どっちの要素もあったと思うけれど...。
でも、竹ちゃんみたいにけっこうグイグイいっていたかもしれない。
「行こうぜ」と誘うのは僕で、なにも怖いものがなかった気がする。
自転車さえあれば、どこまでも、どこへでも行けると思っていて、後先考えずに行動していましたね。
よく思い出すのは、カブトムシを捕りに行った帰りに激しい雷雨に遭って怖い思いをしたこと。
それでもちゃんと帰ってこられたことが自信になって、いまにつながっていると思っています。
そういういくつかの思い出は、ある意味、自分の芯=核の部分になっているんじゃないかなぁ。
―― アイデアを出されることはありましたか?
自分でアイデアを出すことはほとんどないです。
実際に演技をしてみると、台詞の間や言い方というのは、どうしても僕っぽくなってしまうので、それを踏まえた上で新しいものが生まれたらいいなと、心がけてはいますが。
今回でいえば、作家が書き物をしているシーンでしょうか。
なにも書けない"恐怖"がこんなに怖いものだと初めて知りました。
そういういままで知らなかった感覚の発見が、演技に命を吹き込めばいいなと。
僕の場合、キャラクターの細かい心の動きとか感覚を、感じて、気付いて。
そうやって演じることで精一杯。
アイデアを出すまでの余力なんかないです(笑)。
まぁ、よほど変な脚本で「どうにかしなきゃヤバい!」となったら、考えるかもしれませんが、いまのところそういう状況に陥ったこともありません。
優れた脚本に巡り合うことが多いから。
作品や役柄との出合いは縁です。
だから、この良縁が少しでも長く続けばいいなと思う、今日この頃であります(笑)。
撮影は、稲垣吾郎さんがディレクションを務める「ジョーカフェ(J_O CAFE)」で行われました。カフェメニューだけでなく、ワインも充実。さらにアートも味わえる空間です。香取慎吾さんの作品も展示されています。
住:東京都中央区銀座2-4-6 銀座ベルビア館9階
〈BISTRO J_O〉
営:11:00~16:00、17:00~21:00
〈J_O CAFE/KIOSQUE〉
営:11:00~19:00
電:03-6271-0388
楽しいことをいつも模索しています
――ナレーターや司会者、そしてユーチューバーとしても活躍の幅を広げ、大忙しですね。
人生は50歳からだなと思って。
まだ48歳ですが(笑)。
じつはこの年になって50歳が手の届くところにあるんだと実感し、ここで「人生50歳から!」と自分を鼓舞しておけばいい気分で次に行けると思ったのです。
僕の場合、言うとそうなることが多くて。
『ミッドナイトスワン』も舞台挨拶で「これが僕の代表作」と言い続けたら、本当に代表作になって、日本アカデミー賞もいただけました。
そんなこともあって、今日思ったことを口に出すことで頑張れるし、楽しい明日につながると信じています。
――2年前に本誌に登場していただいた時と変わらず、ポジティブですね。
ネガティブなことを考えないからです。
それはポジティブな母親の影響で...あれ? 2年前と同じこと言っていますよね(笑)。
そう、『毎日が発見』は僕のタイトルだって言ったのも同じだし、いや~、変わってないというか。
――コロナ禍で世の中のあり様が大きく変わり、ご自身の私生活にも変化があったと思うのですが?
もちろん、世界の状況を考えてみれば、一概に"大丈夫"とばかりは言っていられない。
でも、この映画を見ても分かるように、子どもの頃って無条件で朝起きたら楽しかったじゃないですか。
それなのに大人になるにつれてそういう感覚が薄れ、謎の閉塞感に包まれてしまう。
僕としては、それによって人生のポジティブポイントが落ちるのが嫌だなと気が付いたのです。
ですから、この映画と出合ったことをきっかけに、いまは朝起きたら「人生って、楽しいでしょ?」と自分に問いかけることにしています。
そうしたら、だんだん楽しくなるんです。
そう、コロナとか難しい状況の中でも、なにか楽しいことはあるんじゃないか?と、いつも模索している感じですね。
―― 体のメンテナンスも怠りなしとか。
半年に1回の健康診断。
それに日常的に運動もしています。
やはり脳が伝達したことを速攻で動きに移せるような体でいたいですよ。
スッと立つとか、素早くつかむとか。
いつかそれができなくなる日が来るのでしょうが。
でも、長く人生を楽しむためには、ちゃんと仕事ができる、演技ができる自分でありたいと常に思っています。
取材・文/金子裕子 撮影/齋藤ジン ヘアメイク/荒川英亮