日々、意識を体に向け舞台に立つ
――大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(NHK)の作(脚本)を担当する三谷幸喜さん作・演出の名作舞台『ショウ・マスト・ゴー・オン』に出演される浅野和之さん。「鎌倉殿の13人」では、北条義時の祖父・伊東祐親役で登場されました。三谷さんには「一生ついていきます」と言われているそうですね。
そうなんです、三谷さんは一生、僕から離れられないんです(笑)。
きっかけは02年の舞台『You Are The Top/今宵の君』。
急遽、出られなくなった俳優さんの代役を本番間近にお引き受けしたのがご縁です。
三谷さんといえば、舞台や大河ドラマをはじめ、その他の映画の脚本も面白いですよね。
シリアスもコメディも自在に演じる俳優みたいに、ぐっと締めたかと思うと、ポンと笑わせる。
そういう緩急を違和感なく自然にできてしまう。
その中心にあるのは、周りの人を喜ばせたいという気持ちなんじゃないかな。
おそらくそれは子どものときからで、大人になっても同じ気持ちのままで書き続けているような気がします。
僕もそうなんです。
4人兄弟の末っ子で、大人の多い家だったので、自分が何かすると、大人たちが喜んでくれることがうれしくて。
つい調子に乗って、そのまま調子づいていまに至ります(笑)。
――パントマイムなどの「動き」で、演劇界の注目を集められました。"演劇界の神様"とも言われていますね。
いや、"神様"は皆が冗談で言っているんですよ。
でも、仏じゃなくて良かった(笑)。
僕は桐朋学園で演劇を学んで、そのときに安部公房さん(小説家、劇作家、演出家)の授業があったんです。
それが斬新で。
「アドリブ演技」や「ディベート(討論)」をしたり、面白かったのが「写真のぞき」。
裏返しにしてある写真をめくって、瞬時にそこに写っていることを次々と言葉で描写していくんです。
「女の人が写っていて、どんな髪型で......」って。
これは、脳トレにもなるかもしれないけれど、演劇のいい訓練なんです。
役者が役を演じることと同じです。
頭の中に多くの言葉を抱えて何かを伝える、エネルギーの伝達ですね。
「パフォーマンス」という言葉も当時は斬新で、安部さんが台詞だけじゃなく動きでもイメージを伝えることを大切にしていったのも、この頃からです。
『仔象は死んだ』という作品でアメリカ5都市を回ったりしましたが、その源流は安部さんも傾倒したフランスのジャック・ルコックが提唱した「ルコック・システム」。
桐朋時代にいちばん影響を受けたのはそれで、いまもパントマイムだとか、その体の動かし方は、財産として体に残っています。
自分の演劇表現の主軸になっていますね。
――いまでは当たり前のような、稽古前のストレッチは、浅野さんが浸透させたという噂もあります。
それは違いますが(笑)、立ち方や歩き方は役の人物を表現する上で非常に重要なんです。
人となりが自ずと出ますから。
声の出し方もそうですが、俳優はどうしても体の余計な部分に力が入りがち。
やっぱり見られていますから。
僕も若い頃はよく言われました。
でも、肩に力が入っていることに一度気付くと、意識して力を抜くことができる。
それを繰り返しているうちに、体がそれを覚えて、力の抜き方、リラックスの仕方が身についていくんです。
僕が稽古や本番前にやるストレッチは、そうやって余計な力を抜いていくことが目的です。
そこは声の出し方にも共通していて、余計な力を抜いて、喉を開くと、おなかから声がドンと前に出る。
って、専門家じゃない僕が言うのも何だけど......。
そうやって日々、意識を体に向けることが、まず大事だと思っています。
若い頃から体を使っているから、いろいろガタが来て、実は昨年から五十肩なんです。
そのうち治るだろうと放っておいたら、ひどくなっちゃって。
いま、鍼治療しているんですが、これがまた痛いんです。
やっぱり若い頃のようにはいかない。
年取るのは嫌だなぁと思うけれど、年のせいにするのも嫌ですよね。
ただ、68年間、心臓は動き続けているわけで、体も疲れてきたよと感じている。
しょうがないですよね。
老いも含めて認めないといけない。
極端に抗うのもあまりいいことではないし、だからといって老け込むのも嫌なので、今後いいバランスでいけたらいいなと思います。
結局、辿り着いたのは有酸素運動であるウォーキングとストレッチ。
できるだけ続けています。
(本誌を手に取り)「鍛脳ドリルいいですね。これ、やってみます。コミュニケーションは脳を使います。伝えることのエネルギーを持ち続けるためには、訓練し続けないと」
コロナ禍だから、気付けたこと
――他に続けていることはありますか?
掃除ですね。
僕はきれい好きで、すごいですよ。
食器を洗っているとシンクの汚れが目について、シンクを磨く。
すると今度は蛇口......延々とやっていたことがありましたね。
自分でも何やっているんだろうなって(笑)、台本の勉強しないといけないのにって。
要は、台詞を覚えるっていちばん大変な作業だから、逃げたいんですよね。
趣味は特にないんですが、あるとき気付いたのが、ストレス解消が掃除なんだなと。
集中して余計なことを考えずに済むし、リラックスできる。
トイレ掃除もノズルまで引っ張って、奥までやります。
どうやったら奥の汚れが取れるか、いろいろ試して、100均で買ったソースを入れる容器、あれに水を入れて、洗った後にちゅーってやると、すっと汚れが出てくるんですよ、すごいでしょ。
掃除といえば若い頃、自分で劇団をやっていた時期に、やっぱり食べられないから、いろいろバイトをしていたんです。
それで掃除が好きだし、これを仕事にしたらどうだろうと友人と始めたのが「掃除屋五徳」という便利屋。
焼き肉屋のレンジフードを掃除したら、時間が足りなくなって家に持ち帰ったり、ボロボロの竹垣の修理をしたときは、高さを揃えるのに、結い直したりして結局ほぼ作り直し。
採算合わないなんてことも多々ありました。
そんな感じで、何とか凌いでいた時期でも、苦労とは感じていなかったのは、やっぱり掃除が好きだったから。
きれい好きに助けられました。
結局、好きな芝居以外でも、自分が好きなことで何とか世の中を渡ってこられたのかなと思います。
それにしても、いちばん好きな芝居が、このコロナ禍で公演中止になったり、稽古中に飲みに行けなくなったのは何とも寂しい。
やっぱり同じ場を密に共有するのは大事なんです。
ただ飲みたいからではなく、そこで話をすることで互いの理解が深まったり、連帯感も生まれます。
そういう空間や時間も含めての「好き」なんです。
20年夏に三谷さんの新作の『大地』というコロナ禍で初めて再開された舞台に出演しました。
涙が出て仕方なかったと感想をいただきましたが、出演者の自分は実感がなかった。
それが同時期に上演された三谷さんの『ショーガール』を観たとき、音楽が鳴って幕が開いた瞬間、予想外に急に涙が溢れて止まりませんでした。
舞台って、こんなに人の気持ちを震わせるんだ、すごいなって。
先が見えない状況から、一度立ち止まったことでできた体験。
この気持ちを忘れてはいけないと心から思いました。
今回の『ショウ・マスト・ゴー・オン』は、それこそ三谷さんが注目され始めた若い頃の、原点と言える作品。
いまでもその勢いが感じられますし、本当に豪華なメンバーで、面白くならないわけがない。
僕はいいところでちょっと出てくる役なので、思い切り好きにやらせてもらおうかなと思っています。
取材・文/多賀谷浩子 撮影/齋藤ジン