この春、アーサー・ミラーの名作舞台『セールスマンの死』に主演する段田安則さん。主人公と同じ60代を迎えた現在の心境を伺いました。
台詞を覚えられるのか
まずそこが心配です
――演じられるウィリー・ローマンは国内外の名優が満を持して演じてきた役柄です。
そうなんですよ、マズイですね(笑)。
事務所の社長から、そろそろ演じられる年齢だし、やってみないかと言われて決めたので、いまになって台詞の多さに不安を覚えています。
昔はそれなりに台詞覚えも早かったですが、年齢を重ねるにつれ、覚えたつもりが覚えていないという。
これはもう誰もがそうなる宿命ですね。
――そうした一方で、年齢を重ねる豊かさもお感じでは?
若い頃、年配の先輩がドラマの撮影で「ありがとう」と言ったときに「シンプルな台詞だけで、こんなにいいんだ」と思った記憶があるんです。
年齢とともに台詞に付随するものが意図せずにじみ出るのかなと。
『セールスマンの死』も20歳の頃に観たときは「これが、あの名作か」ぐらいの感じでしたが、年齢を経たいまの方が感じるところがある気がします。
この作品に描かれる「こんなはずじゃない」という現実が自分の理想に追いつかないもどかしさは僕自身も共感しますし、ウィリー・ローマンには2人の息子がいて、長男のビフは自分に似て夢見がちで不器用。
次男のハッピーはもう少し適当で現実が見えている。
そのあたりも、お子さんのいる方は共感されるのではないかと。
妻のリンダもかっこいい女性で、憎しみを感じる瞬間がある一方で、それでも愛しているという家族の感情の複雑さがよく描かれている。
本当にいい戯曲だなと思います。
ビフとハッピーだと、どちらのタイプか?
僕は次男なので、ハッピーですかね。
大変なことには、なるべく近づかないタイプです。
この作品でうっかり近づいてしまいましたが(笑)。
――すると、ウィリー・ローマンとはまた違うタイプですね。
そうですね。
ただ、自分に近い役は演じやすいですが、遠い役も楽しい気がします。
遠い役を自分の中にあるもので演じるのが楽しいですね。
――この役を演じた方々は渾身の名演という方も多い印象ですが、遠い役と感じる段田さんが演じられると、また新たなよさが発見できそうです。
いまおっしゃった隙をついて、何とかそこを狙うしかないなと。
いい戯曲なので、そこにちゃんと乗っていけば、私なりのウィリー・ローマンになるかと。
演劇史上、有名な役ではありますが、生きることに不器用な普通の男なので、僕みたいな人間がやってもいいのかなと思っています。
60代以降の人生を楽しむ秘訣は......!?
――いまは現役で働く60代以降の方も多いですが、段田さんのお仕事観はいかがですか?
そう聞かれると、それほどこの仕事が好きなのか? と思うのですが(笑)。
ものすごく働きたい、そこそこ働きたい、そんなに働きたくないの3択ならどれか? そこそことそんなにの間ですね。
――60代以降の毎日を楽しむ秘訣を教えてください。
それは僕が聞きたいです(笑)。
例えば、ゲームって楽しいですが、中毒性がありますよね。
中毒にならなくて、もう少し深いところで楽しめることがあるといいのかなと。
若い頃は、60代っておじいさんだと思っていましたが、実際になってみると気持ちは20~30代と変わらないんですよね。
でも体が追いつかなくなると、心もちょっと弱ったりしてね。
それは生き物として当然の宿命。
だから、ちょっとそこに抗ってやりたいという気持ちはありますけど。
取材・文/多賀谷浩子 撮影/齋藤ジン ヘアメイク/藤原羊二(UM) スタイリスト/中川原 寛(CaNN)