劇団青年座で女優としてデビューして以来、映画やドラマと活動の幅を広げ、バラエティー番組でも活躍する高畑淳子さん。5月には映画『お終活 熟春!人生、百年時代の過ごし方』、秋には舞台『喜劇 老後の資金がありません』と、老後をテーマにした作品への出演が続く高畑さんに、これからの人生についてお話を伺いました。
これからの人生を前向きに考えるために
――5月21日公開の映画『お終活』で、橋爪功さんと憎まれ口を叩き合う熟年夫婦を好演している高畑淳子さん。撮影はいかがでしたか?
楽しかったです。
橋爪さんの大ファンなので、台詞とはいえ、橋爪さんに「バカじゃないの!」なんて言っていいのかしらと思いながら(笑)。
夫婦のシーンはおかしくて、夫が「お茶!」と言うと妻の私が「自分でいれたら!」とか、娘は2枚なのに「なんで俺だけアジフライが1枚なんだ」って言う夫に「この前、胸焼けしたって言ってたじゃない」とか。
お母さんは娘中心に献立を考えたいものですよね。
私の演じた千賀子さんの気持ち、分からなくもないです(笑)。
――千賀子さんは、娘(剛力彩芽)が葬儀社に勤める菅野(水野勝)と知り合ったことから、終活のイメージが変わっていきます。
この映画の終活は、これまでの人生を振り返って、今後の糧にするという前向きな考え方なんです。
その一環で、若い頃からの写真をまとめた「メモリアル映像」のシーンがあるのですが、泣けました。
出てくるのは登場人物の写真なのですが、ファッションや音楽、当時の感じがうまく作られていて、私自身が過ごしてきた時代を思い出して、たまらない思いがしましたね。
私はシングルマザーだし、用心深い性格なので、終活は若い頃からしているんです。
"私に何かあったら見るノート"があって、保険のこととか、全部書いています。
――物の整理はどうですか?
それも考えたことがあったんですよ。
燃えるゴミの日に、着なくなった洋服を1枚ずつ捨てたらどうだろうって。
でも、続かなかったですね。
仕事柄、いつか使えるかもしれないと思うんですよ。
処分したらどんなに楽かと思うんですけど。
それより、問題は写真です。
写真帳に貼っているのですが、何冊にもなってしまうんですよね。
ただ手紙は保存していないですね。
唯一持っているのは、作詞家・詩人の岩谷時子さんの役をやらせていただいた時に、岩谷さんがくださったお手紙。
「自分の好きなことを一生懸命やって成長するほど、素晴らしい人生はないと思います」と書いてあって、平易な言葉で芯をつくのがお上手だな、本当にその通りだなと、壁に貼っています。
これが「熟春」でなくて何だろうと思います
――その言葉は、お若い頃から演劇をやってこられた高畑さんの人生そのものでは?
好きなことだったのか......。
「30歳で食べていけなかったら、田舎に戻っておいで」と母に言われていて、本当に30歳ギリギリまで仕事がなかったんです。
私が所属している青年座のお芝居で故郷の香川に行った時、同級生が観に来てくれたのですが、3時間のお芝居で私が出るのは最後の3分だけ。
「高畑出てこんなぁ......あ、出た! もう消えた!」って(笑)。
みんなが気の毒そうな顔をしていて、あの頃は「私は道を誤ったんだな」と思っていましたね。
そもそも幼い頃は四国に演劇なんて来たことがなくて、初めて観た生のステージは、母に岡山まで連れていってもらったザ・タイガースのコンサート。
帰りの船で言葉が出ないぐらい感動したのを覚えています。
その後、進路相談をする受験雑誌の「演劇をやりたいなら、桐朋学園で実技教育が受けられます」という文が、ずっと頭の中に残っていて結果入学するんですけど。
――他の大学にもたくさん受かっていらしたそうですね。
そうなんです。
父は猛反対でした。
親に内緒で桐朋学園短大に願書を出しましたから。
実技試験は「レオタードで歩いてください」って書いてあって、水泳部だったので、スクール水着で歩きました(笑)。
――その後青年座に入られて。
本当に仕事がなかったので、アルバイトしていましたね。
水泳のコーチ、彫刻のモデル......全部、水着でできる仕事ですが(笑)。
得意じゃなかったですけど、スナックのアルバイトもしました。
店にあった水牛のマークのお酒にちなんで、当時は"水牛淳子"なんて呼ばれて(笑)。
荒れてましたね。
その後、橋爪さんが出られて話題になった『セイム・タイム、ネクスト・イヤー』という二人芝居があって、2年後に私も同じ作品をやれることになって!
それで何とか田舎に帰らずに済んだんです。
年齢を重ねると、体力的にも台詞覚えもキツイですが、それでもいま、こうして仕事があるということが本当にうれしいです。
仕事がまったくなかったことを考えたら、66歳でひざが痛い腰が痛い、いろいろありますけど、経験した上で、それを生かせる仕事があって、これが「熟春」でなくて何だろうと思います。
どうにか日々を悩まずに過ごせたら
――若い時代の"青春"に対し、"熟春"があるのではと。映画のタイトル通りですね。
そうですね。
女性はいちばんいい時期を子育てや家事に奮戦する方も多いので、やりたいことが思うようにできない時期が長くて、やっと自分の時間が持てた時には、結構な年齢になっていたりしますけど、それなりの楽しみ方は絶対にあるはずなんですよね。
夫婦の問題もね、この映画の二人はふとしたきっかけで、自分たちの関係を見直しますけれど、すれ違ったまま殺伐と暮らしている人も多いのかなと。
私の両親も家庭内別居していたんです。
年金をきっちり分けて1階と2階にそれぞれ台所を作って。
ある時、父のところに行ったら、玉ねぎだけのおみそ汁を作っているんですよ。
ちょっと涙が出そうになりましたね(笑)。
年金の使い道で揉めるご夫婦は多いみたいですね。
たまに手をつないでいるご夫婦もいますけど、実際はこの映画みたいなご夫婦の方が多いんじゃないでしょうか。
――千賀子さんは夫のストレスを、女友達と愚痴を言い合うことで解消しています。
あのシーン、楽しかったですね。
愚痴を言い合うだけでも、おしゃべりすることが大切なんでしょうね。
私が好きな言葉に「運・鈍・根」というのがあるんです。
私なりの解釈で、心身を整えるようにしています。
「運」は、玄関をきれいにしたり、身ぎれいにして運をもたらす。
「鈍」は鈍感力。
いちいち神経を尖らせても仕方ないし、おおらかでいられたら。
「根」は小さな日々のトレーニングですね。
根気強く続けていくことが大事です。
人生って本当にあっという間ですよね。
思っていたより早く老け込むものだなと。
ならば、どうにか悩まずに日々を過ごせたらいいですね。
もちろん落ち込む時もありますけれど、そういう時は無理に這い上がろうとしなくていいと思うんです。
時が熟せば、青空を見て、元に戻りたいという気持ちが湧いてくるものだと思いますから。
若い頃、私は普通の役が苦手だったんですよ。
それが最近になって、こういう普通の夫婦の役もやらせていただけるようになって、今回は憧れの橋爪さんと夫婦ができて、本当にうれしかったですね。
「バカじゃないの?」ってどの夫婦も言うのかしら。
言えるだけ、この夫婦はいいのかもしれませんね(笑)。
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取材・文/多賀谷浩子 撮影/吉原朱美